三月七日は、花粉症記念日――そういう呼び名があるそうです。けれど、誰が決めたのかは分からないままらしく、その日付の由来として広まっている話にも、はっきりした根拠はないのだとか。
そのせいか、観測の仕事をしている人のあいだでは、三月七日を少し嫌がる者がいるそうです。春先の花粉を測る自動計測器は全国に百二十地点あるのに、その日だけ、地図にない一点が話題にのぼるからです。正式な番号もなく、台帳にも載らないのに、毎年かならず「見に行ったほうがいい」と言われる場所がある――そんな話です。
その年、点検に向かったのは、まだ経験の浅い保守員だったそうです。先輩たちは場所だけを教えて、それ以上は何も言わなかったといいます。山の奥、もう人の住んでいない集落のはずれ。杉ばかりが残り、家の土台だけが低く沈み、道とも溝ともつかない筋が斜面に続いている。そこに、白い観測箱が立っていたそうです。
箱は新しくも古くも見えたといいます。表面の塗装は白いままなのに、脚だけが異様に黒ずみ、まるで長いあいだ湿った土に埋まっていたものを、そのまま引き抜いて据え直したようだったとか。周囲には、花粉の季節によくある黄色い粉が薄く積もっていました。ただ、それは風下に流れず、箱を中心に円く溜まっていたそうです。誰かが、そこへ向かって何度も息を吹きかけたように。
妙だったのは足跡でした。
箱のまわりには、無数の足跡が残っていたそうです。大人のものも、子どものものもある。裸足のように見えるものまである。どれも山の暗がりから箱へ向かって来ていて、箱の手前で止まっていたといいます。帰っていく跡が、一つもなかったそうです。
保守員は、吸い込み口の点検のために脚立を立てたといいます。上に伸びた筒の口は、ちょうど人の顔が覗き込めるくらいの大きさで、内側には細かい網が張られていました。花粉の塊でも詰まっているのかと思って覗いた時、下から冷たい風が一度だけ、ふっと吹き上がったそうです。吸い込み口なのに、吐いたのです。
その風には、春の山の匂いではないものが混じっていたといいます。濡れた畳、古い仏壇、線香を焚いたあとの布団――そういう、長く閉じた家の奥からしか出ない匂いだったそうです。
同じ時でした。森の奥で、誰かがくしゃみをしたといいます。
一人ではなかったそうです。少し離れたところで、また一つ。さらに別の方向で、もう一つ。乾いた花粉症のくしゃみではなく、喉の奥がつぶれたような、ひどく湿った音だったとか。それが杉の列の向こうから、次々に返ってきたそうです。まるで山じゅうに、鼻を押さえてうずくまっている人たちがいて、同じ合図で顔を上げたように。
保守員は脚立を降りようとしました。けれど、その前に、観測箱の中で何かが擦れる音がしたといいます。羽虫でも枝でもない、もっと柔らかいものが、内側から網をなでるような音。気になって、もう一度だけ覗いてしまったそうです。
網の向こうは暗いはずでした。ところが、その暗がりの奥に、白っぽいものが幾つも重なっていたといいます。最初は、風で集まった花びらかと思ったそうです。ですが違いました。
鼻でした。
押しつぶされたように平たい鼻が、幾つも、こちらへ向いて並んでいたそうです。大人の鼻も、子どもの鼻もある。どれも赤くただれ、粘膜のような濡れを帯び、息を吸うたびに微かにひくつく。目は見えないのに、鼻だけが網いっぱいに押し寄せていて、まるで向こう側にいるものたち全員が、そこを唯一の呼吸口にしているようだったといいます。
保守員が声も出せずに固まっていると、その鼻の列の奥で、ひとつだけ小さな顔が持ち上がったそうです。幼い顔だったといいます。目のあたりは花粉で腫れたようにぼやけ、口元は見えず、けれど確かにこちらを向いていたとか。そして、網に触れそうなほど近いところで、その顔がかすれた息を吐いたそうです。
「三月七日でしょう」
そう聞こえたそうです。
「今日は、戻ってきてもいい日でしょう」
その瞬間、観測箱の下に積もっていた黄色い粉が、いっせいに舞い上がったといいます。風はなかったのに、箱のまわりだけが渦を巻き、保守員の脚に、腰に、胸にまとわりついた。粉ではなく、細かな手のようだったそうです。軽いのに、数だけで人を押し戻すような感触があったとか。
森の奥では、もう足音がしていたそうです。乾いた落ち葉を踏む音ではない。湿った足裏が土から剥がれる音。止まっていたはずの足跡たちが、一斉に続きを始めたのだと分かるような音だったといいます。
保守員は脚立も工具箱も置いたまま、斜面を転げるように下りたそうです。けれど、背後のくしゃみは減らなかったといいます。一つ、二つではなく、ずっと続いていたそうです。苦しそうな息。鼻をすする音。喉の奥で絡む痰の気配。そして、誰かが大勢で、それでも静かに笑っているような、湿った震え。
麓まで下りて振り返った時、山の木々のあいだから、白いものがこちらを向いて並んでいたそうです。顔ではなく、花でもなく、手拭いでもない。鼻を覆う布の列のようにも見えたし、土から半分だけ出た人の額のようにも見えたそうです。その数が、ちょうど観測網の数と同じくらいに見えた、と。
保守員はその年の春で仕事を辞めたそうです。けれど三月七日になると、いまでも決まって鼻の奥が冷えるのだとか。花粉の多い日とは違う冷え方で、吸う息だけが、どこか狭い筒を通ってくるようになるそうです。
そして一度くしゃみをすると、ほんの少し遅れて、背中のすぐ後ろでもう一つ、同じくしゃみが返ってくるそうです。
誰もいない場所で。必ず、湿った息を混ぜて。
その日だけは、窓を開けても、空気が外へ逃げていかないそうです。部屋のどこかに、まだ吸い込み口が開いたままなのかもしれません……そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
花粉症記念日(3月7日 記念日) | 今日は何の日
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