夜の細い路地を抜けるたび、あの建物の窓だけが妙に明るいのが気になっていた。黄色い灯りが、格子越しに薄い布みたいに滲んで、外壁をぬらす。窓の下には自転車が二台。買い物籠の金網と、濡れたように光るスポークだけが、夜気の中でやけに鮮明だった。
ある晩、帰りが遅くなって路地の角を曲がった瞬間、足が止まった。窓の灯りの中に、人の輪郭が見えたからだ。肩から上だけ。こちらを向いているのに、顔の中心だけが暗い。目と口があるはずの位置に、塗り潰したみたいな影がある。
見間違いだと思って、わざと大きく咳払いをした。影は動かない。代わりに、自転車のベルが「ちり」と鳴った。誰も触れていないのに。音だけが不自然に近く、耳の後ろを撫でられたみたいに生々しかった。
もう一度窓を見ると、影はすっと薄くなり、カーテンの皺に紛れた。灯りは点いたままなのに、そこだけが急に冷えたように暗くなる。
翌朝、窓の下の自転車が、明らかに位置を変えていた。昨夜は壁に沿ってきちんと揃っていたはずなのに、今日は一台が通路側へせり出し、避けて通らないと肩が当たりそうなほどになっている。誰かが雑に動かした、という“生活のずれ”に見えるのに、チェーンは汚れず、スタンドだけが妙にきれいに接地していた。動かしたのは人ではなく、手順だけ――そんな感じがした。
買い物籠に目をやると、取っ手の金属に白っぽい粉がうっすら残っていた。埃とも砂とも違う。指でこすると、粉はするりと伸びて、皮膚のしわに入り込む。粉というより、乾いた肌の欠片みたいな感触だった。
その夜、今度は窓の中が静かすぎた。テレビの光も、生活の音もない。ただあの黄色だけが点きっぱなしで、誰かの気配だけが残っている。自転車の横を通り過ぎようとした瞬間、籠の取っ手に指の跡が見えた。五本ではない。三本だけ。短く、爪が丸い。子どもの手にしては骨っぽくて、老人の手にしては細すぎる。
息を止めたまま見ていると、その跡が“押されていく”みたいに濃くなった。握り直している。私の目の前で、目に見えない指が金属をつかみ、白い輪郭だけが増えていく。金属がきしむ音がした。次に、自転車の前輪が、わざとらしいほどゆっくり向きを変えた。転がるのではなく、足元で“向きだけ”が揃えられていく。通り道を塞ぐように。
反射的に、私は半歩、後ろへ下がった。逃げるというより、近づきたくなくて距離を取っただけだ。けれど踵が縁石に触れて体が揺れ、壁に手をついた瞬間――掌が、べったり吸い付いた。冷たいのではない。濡れている。外壁が汗をかく季節ではないのに、掌に生ぬるい湿り気が残った。
手を離して見ると、壁の灰色に私の手形がついている。その上に、もう一つ。三本指の白い手形が、私の手形と重なるように浮き出ていた。最初からそこにあったのではない。私が触れた瞬間に、裏側から“同時に触れ返してきた”みたいに。
その晩は何とか部屋まで戻ったが、眠れなかった。深夜、外でまたベルが鳴った。ちり、ちり、と一定の間隔で。鳴るたびに、窓の灯りがわずかに揺れる。揺れるたびに、三本指の白い跡が、取っ手を握る感触まで伴って思い出される。
翌日、管理会社に頼んで共用部の防犯カメラを見せてもらった。路地の角が映る位置のカメラだった。問題の時間帯、映像には私が通る姿がある。立ち止まり、籠を見て、半歩下がり、壁に手をつく。そこまでは記憶どおりだった。
ただ、私の横にもう一人いた。
自転車二台の間に立つ、小さな影。顔は影に溶けていて判別できないのに、腕だけが異様にくっきりしていた。籠の取っ手を掴む“白い三本指”だけが、夜目にも分かるほど明るく抜けている。私が壁に手をついた瞬間、その影も同じ動きで壁に手をついていた。重なる手形が残るように。
映像を止めた職員が、困ったように言った。
「……お連れのお子さん、ですか」
誰の連れでもない、と言おうとして言葉が詰まった。画面の端、窓の黄色い灯りの下で、その影がふっとこちらを向いた気がしたからだ。顔の位置に、暗い穴だけがある。穴の奥から、こちらを覗き返している。
その夜、窓の灯りは消えた。住人が留守になったのかもしれない。けれど自転車の籠の取っ手には、いまも三本指の粉が残っている。拭いても、洗っても、翌朝には同じ位置に戻っている。握った跡の形を保ったまま。
耐えきれず、私はその自転車の持ち主に事情を聞いた。返ってきたのは、淡々とした言葉だった。
「それ、前からなんです。三本だけ。……昔、うちの子が」
それ以上は言わなかった。言えば、また“席”ができるから、という顔だった。
数日後、仕事帰りに路地を通ると、二台の自転車がきっちり揃っていた。通路は空いている。ベルも鳴らない。窓も暗い。
安心しかけて、私は凍った。
籠の取っ手の白い跡が、三本ではなくなっていた。
四本目が増えたのではない。増えたのは“形”だ。四本目の指跡だけ、途中に輪が抜けたような空白がある。指輪の痕だ。
そしてその空白の幅は、私が普段つけている指輪と同じだった。
その夜、私は指輪を外して机に置いた。眠っているあいだに外れたのではない。自分で外した。朝まで、ずっとそこにあった。
翌朝、指輪の内側が白い粉で曇っていた。
輪の形のまま、きれいに。
窓の灯りは消えたままだ。自転車も動かない。
代わりに、私の指輪だけが、毎朝いちど“握られた跡”を帯びるようになった。
三本指が足りなかった分を、誰かが外から補ったのではない。
私の指が、あの籠の取っ手の“欠け”に、当てがわれただけだ。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

