封水の歯

ウラシリ怪談

ある住まい系の記事に、「排水口は重曹だけでも掃除できる」と書かれていたそうです。粉を振りかけて熱湯をゆっくり注ぎ、三十分から一時間ほど置く。溶け残りで詰まることがあるから入れ過ぎない。外せる部品は外して、歯ブラシで細部をこする――そういう手順でした。

集合住宅の一室で、排水の流れが悪くなった夜、その手順どおりにやった人がいたそうです。ごみ受けやヘアキャッチャーを外し、ぬめりを落とし、重曹を大さじ三杯ほど振って、熱いお湯をゆっくり注いだ。あとは三十分、放置するだけのはずでした。

十分ほど経った頃、浴室から「シャッ、シャッ」という音がしたそうです。水の流れる音ではなく、乾いた面を磨くような音。慌てて覗くと、浴室の床は濡れていないのに、排水口の縁だけが妙に白く光っていた、といいます。

さらに目を凝らすと、排水口の穴から細い毛先が出ていたそうです。歯ブラシの毛先に見えた、と。毛先は小さく円を描いて、縁をこすっているように動き、音もその動きと揃っていた。誰かが柄を握っているような速度で、丁寧に。

思わず声が漏れた瞬間、毛先はすっと引っ込み、音も止んだそうです。排水口の表面だけが、磨き上げたように白くなっていた。そこには、濡れでも泡でもない、粉を擦り込んだような艶が残っていた、といいます。

三十分が過ぎ、お湯を流すと詰まりは解消されたそうです。流れは良くなり、臭いも減った。だから、たまたま見間違いだったのだろう――そう思いたくなる程度には、日常へ戻れた、と。

戻れなかったのは、その翌朝からでした。

浴室の床が、排水口の周りだけ“掃き清めたように”乾いていたそうです。円形に、ほこりの筋が消えている。掃除をしていない範囲には薄い埃が残るのに、排水口から手の届く半径だけが、毎朝きれいになっていた。

そして、洗面台の縁に置いていた古い歯ブラシが、必ず湿っていたそうです。使っていないのに、毛先だけがぬめりの匂いを帯び、根元に白い粉が固着している。乾かして寝ても、朝にはまた湿っている。しかも、毛先は少しずつ削れて短くなっていった、といいます。

試しに、その歯ブラシの柄に細い糸を結び、洗面台の蛇口に固定して寝たそうです。動かないようにして、朝を待った。

朝、糸は切れていました。結び目のところからではなく、糸の真ん中が、きれいに“擦り切れて”いたそうです。切れ端は床に落ちておらず、排水口の中にも見当たらない。歯ブラシだけが、いつものように湿っていた、と。

それから、封水筒を疑って部品を外した人がいたそうです。臭いを止めるはずの場所です。ところが中は、毎回、乾いている。水を溜め直しても、しばらくすると空になる。誰かが抜いているように、ではなく――誰かが“飲んでいる”ように減っていく、と言われました。

決定的だったのは、夜中の音だったそうです。

詰まりが直ったあとも、浴室から「シャッ、シャッ」が始まる。今度は排水口の縁だけではなく、床のタイルを横へ、縦へ、一定の幅で磨くように音が動く。ついには、洗面台の下からも同じ音が混じり、台所の排水口からも、遠くで“磨く音”が返ってきたといいます。建物全体の配管が、一本の歯として擦られているように。

我慢できず、ある夜、灯りをつけたまま浴室の扉を少し開けて見張った人がいたそうです。

しばらくして、排水口の穴から、あの毛先がまた現れました。今度は毛先だけではなく、歯ブラシの“頭”が見えたそうです。誰も持っていないのに、歯ブラシは床に押しつけられ、まっすぐに滑っていった。タイルの目地をなぞるように、汚れの残る場所だけを選んで。

歯ブラシは、磨き終えると排水口の前で止まり、毛先を上に向けて、立ったそうです。まるで「次はそちらだ」と示すみたいに。

その瞬間、排水口の奥から、かすかに“歯が合わさる音”がしたといいます。かちり、という小さな噛み合わせ。続けて、ぬるい息のような空気が、穴からふっと上がったそうです。歯ブラシはそれに合わせて、わずかに震えた。

翌日、業者を呼んで配管を開けたそうです。

封水筒のさらに奥、暗い縦管との境目に、白い輪があったといいます。輪は石灰の付着のようにも見えた。けれど、ライトを当てた瞬間、その輪の白さが揃いすぎていることが分かったそうです。均一な白い欠片が、円周に並んでいた。小さな歯。歯列のように、びっしりと。

業者が工具を入れようとした時、輪が、ほんのわずかに“閉じた”そうです。歯が噛み合うように、かちりと鳴って。すると配管の奥から、あの歯ブラシが引きずられて出てきた。毛先は削れ、白い粉が絡まり、柄の端には細い擦り傷が何本もついていた。

歯列は、その歯ブラシを一度くわえ、また奥へ引いたそうです。見ている前で。引く速度は遅く、確かめるように、何度も噛み直した、と言います。

その場にいた誰も、言葉にできなかったそうです。配管の中が、詰まりを取ったのではなく、歯を磨いていたのだと。

帰り際、業者は「原因不明」とだけ言ったと聞きます。部品交換では済ませられない、と。

その部屋では、それ以来、排水口の掃除をしなくなったそうです。重曹も使わなくなった。封水が乾いても、見ないふりをした。けれど夜中、浴室の奥から「シャッ、シャッ」という音が、時々戻るのだそうです。

音が止んだ翌朝は、洗面台に置いた新品の歯ブラシが、なぜか湿っていることがある、と。

毛先には、白い粉が少しだけ残っているそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

排水口掃除は重曹だけでできる?手順や効果的な活用法をご紹介 | 長谷工グループ「ブランシエラクラブ」

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この記事では、厄介な排水口掃除を重曹を使って簡単に掃除する方法を紹介します。排水口の汚れやニオイに対して、重曹とお湯やクエン酸を組み合わせたアプローチ法や、予防法も解説します。

 

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