ある地域の埋蔵文化財を扱う施設で、「新発見速報展」が始まったそうです。近年の発掘調査、四つの現場から出た品が八十五点。調査の状況を示すパネルも並び、観覧は無料――そう告知されていたといいます。
展示室は、乾いた空気を保っていました。土の匂いが残らないように、出土品は十分に乾かし、脆い表面には触れない。ガラスの内側は曇らせない。そういう当たり前の手順が、いつもより丁寧に繰り返されたそうです。
異変は、ガラスの内側ではなく、展示台の「下」から始まったと聞きます。
閉館後、照明を落としたはずの室内で、展示ケースの足元だけが、わずかに湿って見えたそうです。床を拭いても濡れない。手袋で触っても乾いている。けれど視線だけが「濡れた」と言い続けるような、薄い光り方だったといいます。
その湿りは、やがて形になりました。
四つの展示ケースの下の床面に、それぞれ同じ大きさの四角が浮いたそうです。角は直角で、辺はまっすぐ。土がこぼれた跡ではなく、床の表面から“発掘区画”だけが、ゆっくり浮かび上がったように見えた、と。
警備担当がしゃがみ込んだ時、床の向こうから、細い擦過音が聞こえたそうです。
砂利を削る音でも、配管が鳴る音でもない。もっと乾いていて、もっと短い――小さなコテが、土を薄くはぐ音に似ていた、といいます。
翌朝、展示室を開けると、四角は消えていたそうです。
代わりに、展示ケースの中の一点だけが、僅かに沈んで見えたと聞きます。出土品を支える緩衝材の表面に、丸い縁ができていた。押し付けた痕ではなく、下へ吸い込まれた痕。そこだけが、深く、暗く、乾いているのに湿って見えた、と。
担当者が、慎重にその一点を持ち上げたそうです。
軽いはずの欠片が、妙に重かったといいます。中身が増えた重さではなく、下から引かれる重さ。持ち上げるたびに、重さが“戻る”ように手首へかかり、最後にふっと、指先が空になる。
緩衝材の下には、穴がありました。
展示台の内部にあるはずの空洞ではなく、まっすぐ下へ続く円い穴。縁は滑らかで、爪でも崩れない。小さな灯りを向けると、穴の奥に、土の断面のような層が見えたそうです。薄い色の違いが幾重にも重なり、どこまでが展示台で、どこからが“地面”なのか分からなかったといいます。
その時、穴の底から、風が上がってきたそうです。
冷たくも温かくもない、乾いているのに水気を含んだ風。土の匂いだけを運び、息のように触れて、すぐ引いた。……そして、引く前に、わずかに「見上げる」動きがあった、と。
現場は当然、放っておかれなかったそうです。
展示は一時的に閉じられ、欠片は別の保管箱へ移され、穴のある緩衝材は封緘された。展示台の内部も点検され、下に空洞がないことまで確かめた――そこまでは、きちんと手順どおりだったといいます。
ところが次の日、展示台を開けると、穴は消えていたそうです。
緩衝材の裏は平らで、繊維の乱れもない。展示台の板にも貫通はない。誰かが塞いだ形跡すらない。けれど封緘テープの内側だけが、薄く土色に曇っていたと聞きます。触っても粉は付かないのに、曇りだけが残る。
その日から、閉館後の擦過音は、四つの展示ケースの下の床面で順番に起きたそうです。
音がする場所の床だけが、短い時間、四角く湿って見える。翌朝には消える。四角が出る位置は、毎晩ひとつずつ移っていった――そこだけは、はっきり一致していたといいます。
さらに奇妙だったのは、入口に掲げていた「観覧無料」の札が、閉館後だけ展示室の中に移っていたことだそうです。
床に四角が出た夜、その札が四角の角へ“きっちり”合わせて置かれていたといいます。倒れもせず、斜めにもならず、角を示すようにぴたりと。翌朝には札は入口に戻っていて、床の四角も消えていたそうです。
ところが次の夜になると、別の展示ケースの下の床面に四角が出て、同じ札がまたその角へ移っていたと聞きます。
「札が動いたから四角が出た」のか、「四角が出たから札が置かれた」のかは分からない。けれど、夜ごとに区画が移るのと同じ順番で、札の置き場所も移っていた――そこだけは一致していたそうです。
担当者は札を外して保管し、入口には別の案内を貼ったそうです。
それでも閉館後、展示室の床の角に、同じ文言の札が一枚だけ置かれていた夜があったといいます。紙の古さも、印刷の色も、入口に貼っていたものと同じ。違うのは、置かれている場所だけ。誰が持ち込んだのかを確かめようとしても、巡回のたびに「もう置かれていた」――それ以上のことが言えなかったそうです。
会期が終わり、出土品は全て梱包されたそうです。
八十五点は数え直され、箱に収まり、展示室は空になった。床の四角も、もう出ない――そう思われたといいます。
ただ、最後に入口の札を回収しようとした時、保管場所には“札の留め具”しか残っていなかったそうです。
紙を留めていたクリップだけがあり、札だけがない。代わりに、展示室の床の中央寄りに、あの四角が一度だけ現れたと聞きます。展示ケースがもう無いのに。角は直角で、辺はまっすぐで、床は乾いているのに濡れたように光った。
翌朝、四角は消えていました。
そして、梱包箱のひとつを開けると、緩衝材の間に、あの「観覧無料」の札が挟まっていたそうです。表は乾き、裏側だけが薄く土色に曇っていて、四角い角の跡がついていた、と。
札が“展示物の側”へ戻ったのか。
あるいは最初から、戻る場所は入口ではなかったのか。
それを確かめようとしても、床の四角はもう出ないそうです。ただ、梱包された箱を保管庫で動かすと、どこからともなく短い擦過音が混じることがある――そんな話を聞きました。
この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。
大分県立埋蔵文化財センターで「新発見速報展」 県内4カ所の発掘調査での出土品85点を展示
大分県立埋蔵文化財センターで「新発見速報展」 県内4カ所の発掘調査での出土品85点を展示 - 大分のニュースなら 大分合同新聞プレミアムオンライン Gate大分合同新聞プレミアムオンライン「Gate」では、大分県内ニュースを中心に速報、イベント情報や世界の主要報道などを掲載しています。
