冬の夕方、区役所の遺失物窓口は、日が落ちる直前だけ空気が薄くなる。暖房が効いているはずなのに、窓際だけ息が白い気がして、書類の紙まで冷たく感じる。誰も気にしない。冬だから、で済ませられる程度の違和感だ。
その日、透明なチャック袋に入ったSDカードが届いた。拾得物のラベルには「公園/斜面/カメラより」とだけ、慣れない字で書かれている。中身を確かめる手順は決まっていた。持ち主の手がかりになる写真が入っていることが多いから、職員用PCで一度だけ開く。
最初の一枚は、あまりに整っていて、逆に作り物じみて見えた。裸木の枝が左右から黒く伸び、黄から橙へ沈む空のど真ん中に、遠い富士山の影。手前には街の屋根と建物が薄く重なり、斜面の下に街灯が一本、消えたまま立っている。写真の中の夕焼けだけが、温度を持っていた。
ふと、枝の重なりが「枠」に見えた。額縁みたいに、富士山だけを切り取っている。ああ、よく撮れているな、と感想が出かけたところで、カーソルが勝手に画面の右上へ滑った。
ファイル名が、変だった。
「DSC_1590.JPG」のはずの表示の末尾に、小さく数字が足されている。
「DSC_1590_01.JPG」
連番が増えるような作業はしていない。コピーも保存もしていない。念のためフォルダを更新すると、「_02」「_03」と、さらに二つ増えていた。増え方が、秒針みたいに規則正しい。
嫌な予感がして、私は「_01」を開いた。構図は同じだ。枝、街、夕焼け、富士。けれど富士の稜線が、ほんの少しだけ欠けている。頂上の左肩に、指先でつまんだ程度の“抜け”がある。自然の輪郭の揺れではなく、消しゴムで削ったみたいな形だ。
「_02」では欠けが広がっていた。
「_03」ではさらに深く、稜線が“へこんで”いる。
その欠けが、笑っている口みたいに見えたのは、気のせいだと自分に言い聞かせた。富士山は遠い。雲でもかかったのだろう。写真の圧縮のせいだろう。そう思うほど、欠けの縁だけが妙にくっきりと黒い。
「持ち主、見つかりそう?」と隣席の先輩が聞いてきた。私は画面を閉じた。説明するほどのことじゃない。説明した瞬間に、こちらの理屈が負ける気がした。
その夜、帰宅しても、夕焼けの色が目の奥に残った。閉じたはずの瞼の裏で、枝の黒が揺れ、欠けた稜線がじわじわ広がる。スマホで時間を確認しようとして、指が勝手に写真アプリを開いた。もちろん、私はその写真を自分の端末に入れていない。入れていないはずなのに、最近の項目に、同じ構図の夕焼けがある。
指先が冷えた。
息が、紙みたいに乾いた。
写真の下に、位置情報が出ていた。公園名。斜面。遊具の近く。私の家から歩ける距離だった。思い出したくないのに思い出せる場所だ。あの斜面の上からなら、冬の澄んだ日、富士が見える。
行かなければいい。
それでも、行く理由が一つだけあった。拾得物は、落とし主に返す。それだけで生きてきた。仕事の規則は、私の逃げ道でもある。規則どおりに動けば、余計なことを考えなくて済む。
翌日、日没の少し前に、その公園へ向かった。斜面を上がるにつれて、街の音が薄くなる。冬の枝は写真のとおり黒く、空はまだ黄色い。街灯は、まだ点いていない。写真と同じだ、と胸が緩んだ瞬間――足元の砂利が、一つだけ“遅れて”鳴った。
私の一歩のあとに、もう一歩。
人の足音ほどはっきりしない。けれど、同じリズムで、同じ重さで、少しだけ近い。
振り返る勇気が出ずに、斜面の頂に立った。視界が開け、写真と同じ富士が見えた。遠い影。穏やかな稜線。欠けなどない。ここまで来た自分を笑いそうになった。
そのとき、空の色が一段落ちた。
黄が橙に沈むのが、早すぎる。夕方の進み方が、乱暴だった。
スマホの画面が勝手に点灯し、例の写真が開いた。「DSC_1590_07」。私は数えていないのに、もう七枚目だ。画面の中では、富士の欠けが大きく口を開け、稜線の一部が“そこだけ”無い。無いのに、その欠けの縁に沿って、薄い白い筋が走っている。雪ではない。光でもない。歯形みたいな、細い並び。
現実の富士を見た。欠けていない。
画面を見た。欠けている。
もう一度現実を見た――今度は、欠けがあった。
私が目を離した隙に欠けたのではない。稜線のあるべき部分が、最初からそこに無かったみたいに、自然にへこんでいる。欠けの縁は、写真と同じように黒く、そこだけが空よりも深い色をしている。空の橙が、欠けの内側だけ吸い込まれていく。
息を吸おうとして、吸えない。
冷たいとか苦しいとかの前に、「空気の行き先」がない。口の中の息が、どこにも届かずに戻ってくる。
背後の枝が、かすかに擦れた。風はない。木々は動いていない。それでも枝と枝が擦れ、乾いた音がした。耳ではなく、肩甲骨の内側で聞こえる音だった。
枝が、寄ってきている。
枠だ。
写真の枠。
富士を切り取るための枠が、いま、私を切り取ろうとしている。
スマホの画面で、街灯が一本だけ光った。写真の下端、斜面の下。現実にはまだ点いていない街灯が、写真の中で先に点いている。黄色い光が、まるで「合図」みたいに瞬いた。
その瞬間、背後の足音が止まった。代わりに、斜面の土がふわりと沈んだ。誰かが、そこに立った重み。私は振り返らなかった。振り返ったら、枠の内側に入ってしまう気がした。
欠けた稜線の“口”が、ゆっくり閉じた。
閉じながら、何かが“噛み合う”音がした。山が噛んだのではない。こちら側の何かが、山の欠けに合わせて削られていく音だ。耳の奥の骨が、細かく擦れるような、嫌な硬さ。
私は自分の手を見た。指先が、夕焼け色に透けていた。血色がいいのではない。向こうが見える。
枝の影が、指の中を通り抜けている。
「落とし主」という言葉が、頭の中でほどけた。落としたのは、SDカードじゃない。落としたのは――こちら側だ。名前、所在、帰る場所。そういうものを、斜面の上に置き忘れた誰かが、写真を媒介にして“取りに来ている”。
私はスマホを投げ捨てた。
画面が割れる音はしなかった。代わりに、空の橙が一度だけ強く揺れた。
揺れたのは空ではなく、私の視界だった。枝の枠が、ぐっと狭まる。富士の欠けが、近づく。遠いはずの山が、数歩で届く距離まで寄る。寄っているのに、巨大にはならない。ただ“近いまま”そこにある。距離の理屈だけが抜け落ちた。
欠けの内側が、夜より黒い。
黒いのに、そこから“見られている”感じだけは、はっきりあった。
目を閉じると、写真が開く。
目を開けると、写真になる。
私は、斜面を下りようとした。足が動かない。足首ではなく、影でもなく、もっと地味なものに引っかかっている。
「順番」だ。
公園の斜面の上で、私は誰かの順番を踏み抜いた。夕焼けの進行が早いのは、日が落ちているからではない。順番が押し出されている。欠けの口に入る順番が。
そのとき、ようやく街灯が現実でも点いた。斜面の下。黄色い光。私は光の輪の中に、見覚えのない“空白”を見た。そこだけ、光が当たっているのに、何もない。人が立つサイズの、きれいな抜け。抜けの縁だけが、濡れたように黒い。
あれは、私の形だと理解した。
理解した瞬間、体の芯が冷えた。
「帰れない」とは違う。
「帰ったことにされない」。
次に瞬きをしたとき、富士の欠けは少しだけ小さくなっていた。代わりに、斜面の枝の一本が折れ、地面に落ちている。その枝は、指みたいに曲がり、先端だけが白かった。霜ではない。紙の白。名札の白。書類の白。
翌朝、区役所の自席には、私の名札がかかっていた。私はそこにいるのに、名札の文字だけが薄い。印字が削れ、最後の一画が欠けている。欠けは、昨日見た富士の欠けと同じ形をしていた。
PCを立ち上げると、遺失物の記録に「SDカード(写真)」の項目があった。処理状況は「返却済」。返却先の欄には、地名も氏名もない。
ただ一言だけ、打たれている。
「斜面へ」
窓の外は、冬の快晴だった。遠くに富士が見えるはずの空。けれど、どこを探しても稜線が見つからない。
山が隠れたのではない。
こちらの視界から、山の輪郭だけが“欠けた”。
私のスマホは、ポケットの中で震えた。画面を見なくても、何が来たかわかった。
「DSC_1590_08」。
まだ、増える。
欠けが満ちるまで。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

