七日間の間口

ウラシリ怪談

駅の自由通路に、予約した本を二十四時間受け取れるロッカーが置かれたそうです。そこには二列十四の小さな扉が並び、夜中でも淡い表示が消えません。

利用者カードのバーコードをかざすと、どれか一つの間口が静かに開く。開いた先には、専用の袋に入れられた本がある。それだけの仕組みのはずでした。

ところが、運用が始まって間もない十月のある夜、受け取りに来た人が袋を抱え上げた瞬間、袋の下にもう一冊、薄い本が残っていることに気づいたといいます。予約した覚えはなく、題名も見慣れない。返してもいいのか迷いながらも、その人は本をそのまま持ち帰ってしまったそうです。

次の日、図書館の窓口に持っていくと、「こちらでお預かりします」とだけ言われたそうです。返却処理の音も、確認のための会話もなく、ただ本が引き出しの奥へ消えた。拍子抜けするほど淡々としていて、むしろそれが妙だったといいます。

それで終わるはずでした。

その人が次の予約本を受け取りにロッカーへ行くと、また同じ薄い本が袋の下に入っていたそうです。袋の紐はきちんと結ばれているのに、本だけが“最初からそこにいた”ように収まっている。間口の扉が閉まる音まで、前日と同じに聞こえたといいます。

返しても返しても、次の受け取りで戻ってくる。

取置期限は七日間です。袋に貼られた小さな紙にも、七日後の日付が印字されている。だからその人は、七日だけ様子を見ようと思った……という記録になっています。

一日目は不思議、二日目は面倒、三日目あたりからは、少しだけ気が重くなるそうです。駅の空気が乾いている日でも、その薄い本の角だけが、わずかに湿っている。紙が冷たいのに、指先がじんわり温まるような触感が残る。

四日目、ロッカーの扉が開いた時、袋の外側に小さな擦れが増えていたそうです。まるで、何度も同じ場所に当てたような擦れ方でした。薄い本の最初のページには、古い貸出票が挟まっていて、返却期限の欄だけが空白のままになっていたといいます。二週間で返すはずのものが、どこにも返されていない。空白のまま、時間だけが積み重なっている。

五日目、その人は返却先を変えたそうです。窓口ではなく、建物の横のブックポストへ。手を離した瞬間、投函口の奥から、紙が擦れるような音がしたといいます。人の声ではないのに、呼吸のように近い音でした。

それでも六日目、薄い本は戻ってきました。

六日目の夜、間口が開く前に、ロッカーの中から一度だけ小さなノックが聞こえたそうです。故障の音とも言い切れない、ためらいが混じったような音でした。開いた扉の奥に、薄い本がない。代わりに、白い封筒が一枚だけ置かれていたといいます。

宛名は空欄でした。切手も印もない。紙は新しいのに、端だけが古い本のように柔らかくなっていたそうです。

中には、たった一行。

「借りたままにしないで」

それだけなら、叱られているようにも見えるはずです。けれど、その字は強くなく、急かしてもいなかったといいます。紙の余白が妙に広くて、言葉が小さく見えた。責めるための文ではなく、頼みごとに近い調子だったそうです。

その人は翌朝、薄い本をもう一度だけ受け取り、今度は窓口へ持っていったといいます。すると係の人は、本を見た瞬間に一度だけ手を止め、貸出票の空白を指でなぞってから、深く頭を下げたそうです。理由は言わない。ただ、「お返しくださって、ありがとうございます」とだけ。

返却手続きが済むと、その薄い本は二度と戻ってこなかったといいます。

最後に残ったのは、白い封筒でした。あの一行が書かれていたはずの紙が、いつの間にか無地になっていたそうです。インクの痕だけがうっすらと残り、指で触れると、紙のその部分だけが少し温かい。

借りたままにしないで。

本のことだけではなく、返せなかった時間や、言えなかった礼のことまで含んでいたのかもしれません。確かめた人はいませんが、駅の自由通路を通るたびに、あのロッカーの淡い表示だけが少し優しく見える……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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