鉄の匂いが戻る夜

ウラシリ怪談

冬が深まる頃、県内の献血会場で「鉄道の展示施設と組んだ企画」が始まる、という告知を見ました。条件ははっきりしていて、400mLの献血を“期間中に2回”。それともうひとつ、「希望するなら受付の時点で必ず申し出ること」。あとから言っても対応できない、と。

その言い方が、やけに丁寧で、やけに硬い。
私は「参加したいです」と、ただそれだけを口にしました。

一回目の献血のあと、腕に貼られた白いテープが、妙に長持ちしました。二日も三日も、端が浮かない。風呂に入っても、濡れたのに乾いたみたいに張りついたまま。剥がすとき、皮膚の表面が薄く“鳴る”んです。紙を裂く音じゃない。金属を爪でなぞったときの、短い高い音。

二回目は、駅前に停まる献血バスにしました。運行スケジュールは「随時更新」と書いてあって、前日に見たはずの時刻が、その晩には消えていました。代わりに、時刻の欄が全部、空白のまま残っている。更新されたのに、何も入っていない。

当日、バスは来ました。けれどエンジン音がしない。ドアが開いて、車内の消毒薬の匂いの奥に、熱い鉄の匂いが混じっていました。血の匂いと似ていて、でも血より乾いている匂い。

受付で、また言わされました。
決まり文句。希望するなら、受付の時点で。
言った瞬間、舌の根が冷たくなって、喉の奥に小さな錆が触れた気がしました。吐き出そうとしても、何も出ないのに、口の中だけが鉄で満ちていく。

二回目が終わったあと、非売品の小さな列車の記念品を渡されました。掌にのるくらいのサイズ。塗装はきれいで、車輪の縁だけ、やたら鋭い。
「鉄分補給、ですね」と笑う人がいて、私は笑えませんでした。箱の中の緩衝材が、綿じゃなくて、ガーゼみたいに見えたからです。

その夜、箱を机に置いて寝ました。
真夜中、目が覚めたのは、机の上で“転がる音”がしたからでした。小さな車輪の音。ほんの数センチ動いただけのはずなのに、音はやけに遠くまで続く。駅の構内で、台車を押したときのように、響きが伸びる。

電気をつけると、列車は箱から出て、机の端に寄っていました。
机の木目に、二本の細い筋が残っています。焦げでも傷でもない。赤黒い粉が、こすった跡みたいに伸びている。指で触れると、粉が皮膚に吸いつき、しばらくしてから、やっと落ちました。落ちたあと、指先だけが妙に冷たく、爪の間が鉄臭かった。

翌日から、家の中で“アナウンス”が聞こえるようになりました。スピーカーなんてない部屋で、天井の角から、はっきりした声がする。

「受付時に必ず、お申し出ください」

私の声でした。

録音じゃない。息継ぎの癖まで同じなのに、言い終わりだけが少し遅れる。誰かが、私の口の動きだけをまねて、言葉を後追いしているみたいに。

やがて、あの企画の「期限」が過ぎた頃。
私は腕の内側に、細い二本線が浮いているのに気づきました。採血の跡と平行に、皮膚の下で、薄い青がまっすぐ走っている。血管じゃない。血管よりも“均一”で、間隔が一定で、どこまでも続く線。

写真を撮ると、線は腕の途中で途切れて写りました。
画面の端で、線が“折り返して”いる。ありえない角度で、ありえない方向に。まるで、私の腕が一枚の地図で、そこに勝手に線路が引かれているみたいでした。

その晩、机の上の列車が、また勝手に動きました。今度は止まらない。机の縁に当たる直前で向きを変え、壁に沿って、床に落ちずに走ろうとする。私は反射的に掴みました。

掌に、痛みが走りました。
車輪の縁が、皮膚を“切る”前に、皮膚のほうが避けた。裂ける感触じゃない。薄い膜が、レールの溝に沿って開いたみたいな感触。血は出ませんでした。代わりに、切れ目の奥から、ひどく乾いた鉄の匂いだけが上がってきました。

私は列車を箱に戻し、ガムテープでぐるぐる巻いて捨てました。

翌朝、駅の掲示板に「落とし物」の紙が貼られていました。
小さな列車の絵が描かれていて、備考欄にこうありました。

「保管場所:終点」

どの路線の終点かは、書いていませんでした。
けれど、紙の端にだけ、赤黒い粉がついていました。机に残った筋と同じ粉が。触れていないのに、向こうから、こちらへ移ってきたみたいに。

その日、私は改札の前で、足が止まりました。
構内放送が、頭上から降ってきます。

「受付時に必ず、お申し出ください」

私の声で。
しかも今度は、少しだけ上手くなっていました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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