住宅地の外れ、道がゆるく曲がる角に、苔の浮いたコンクリートブロック塀がある。上の縁は黒ずみ、雨だれと錆が筋になって残る。角には、使い道のない錆びた鉄パイプが二本、立てかけられたままになっていた。
そこに、程度の低い落書きが増えたのはいつからだったか。黒く塗りつぶして、白い線で縁取った、どこかの文字の成り損ない。真ん中に渦がひとつ。端に点がいくつか。子どものいたずらみたいで、見ていて腹が立つのに、目が離せない。
最初に気づいたのは、写真のほうだった。
近所の掲示板アプリに「落書きがひどい」と投稿が上がり、添付された画像を何気なく拡大した。渦の線が妙に生々しい。塗料の筆致じゃない。皮膚の指紋みたいな細い筋が、画面の中だけで盛り上がって見えた。
次の日、同じ投稿をもう一度見た。画像が変わっていた。
白い縁取りの位置が数センチずれている。渦の向きが逆になり、点がひとつ増えている。コメント欄には「最初からこうだったよ」と返事が並び、誰も変化を変化として扱っていない。
気になって、角を通るたびに塀を見るようになった。赤い舗装の道路はいつも乾いているのに、その角だけ濡れているように見える。塀の黒い部分は、日陰の黒ではなく、煤を押し付けた黒だ。白い縁は、チョークの粉が肌に移るみたいにぼやけていて、雨が降っていないのに少しずつ滲む。
ある夕方、鉄パイプの中から、軽い爪の音がした。
カッ、カッ、カッ。
中は空洞のはずなのに、何かが指先で内側を叩いている。耳を近づけた瞬間、塀の落書きの渦が、視界の端で“ほどけた”。ほどけた線が一瞬だけ壁の目地を越えて伸び、まるで塀の向こう側に回り込むように消えた。
その夜、スマホのアルバムに、見覚えのない写真が一枚増えていた。
塀の角。黒塗りの落書き。白縁の線。渦。点。
自分が撮った覚えはない。しかも、写真の右下に、白い点が三つ並んでいる。落書きにあった点と同じ配置で、画面の上に“穴”が空いたように、背景が抜けて見えた。
削除しようとした。指が止まった。
写真を消す動作は、ただの整理のはずなのに、なぜか「消したら、向こうがこちらを忘れる」と思った。忘れられるのが怖かった。こちらが誰かに覚えられたい、と思うのは普通だ。けれど、その感情が自分のものではない気がした。
翌朝、写真は消えていなかった。代わりに、連絡先がいくつか空白になっていた。名前が抜け、アイコンが灰色の丸になり、履歴だけが残る。空白を指でなぞると、昨日の“穴”みたいに、画面の向こう側へ指が落ちそうだった。
塀の落書きも変わっていた。
渦の横に、白い縁取りがもう一本増え、輪郭が“人の形”に近づいている。点が増えて、顔のように見える。黒の中に小さな白い粒が散って、そこから何かがこちらを測っている。
その日から、角を曲がるたびに、赤い道路の色が濃くなる。濃い赤は、乾いた色じゃない。踏むと、靴底がわずかに吸い付く。塀の苔が増えていく。苔は上から生えるはずなのに、落書きの白縁に沿って、下から這い上がってくる。
そして、鉄パイプの爪の音が変わった。
カッ、カッ、カッ、カッ。
四つ目が増える。落書きの点と同じように。
耐えきれなくなって、自治体の連絡窓口に通報した。数日後、作業員が来て、黒を落とし、白を消し、塀はただの灰色に戻った。角の鉄パイプも撤去された。掲示板アプリの投稿も「解決しました」と締められた。
その夜、安心して眠れるはずだった。
でも、布団の中で目を閉じると、まぶたの裏に白い縁取りが浮かぶ。渦が回る。点が増える。回るたびに、何かが“こちら側”の形を覚えていく。
朝、玄関を開けたとき、気づいた。
家の基礎のコンクリートに、白い粉の線が付いている。靴で擦っても落ちない。黒い汚れが、その線の内側だけに滲む。渦がひとつ。点がいくつか。
外へ出ようとして、足が止まる。
赤い道路は、どこにもない。あの角の赤が、いま、玄関のたたきにまで滲んでいる。
スマホを見ると、アルバムの空白が増えている。
空白の数だけ、思い出せない名前が増える。
そして、消えたはずの塀の写真が、また一枚増えていた。
今度の落書きは、白い縁取りが“こちら”に向かって少しだけ開いている。
まるで、角を曲がるのを待っている口みたいに。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


