節の数が合わない

写真怪談

春先の夕方、集合住宅の中庭にある一本の木が妙に気になった。幹の真ん中に、丸くえぐれた穴がある。剪定の跡か、虫食いか。けれど形があまりに整いすぎていて、口をすぼめたみたいに見える。

その穴のすぐ上に、節が二つ並んでいた。偶然だとわかっているのに、目にしか見えない。見上げる角度を変えると、目は細くなったり膨らんだりして、表情まで変わる。風が止むたび、幹は静かに笑っているようだった。

夜、ベランダで洗濯物を取り込んでいると、中庭から「ふう」と息を吐く音がした。人のため息のようで、鼻先に湿った土の匂いがまとわりつく。見下ろしても誰もいない。木だけが、暗い空に向かって枝を広げていた。

翌朝、木の穴の縁が少しだけ濡れていた。雨は降っていない。指で触れるとぬるい。気味が悪くて管理人に言ったが、「木は生きてますからねえ」と笑われた。笑われたのに、木の穴からは微かな体温が伝わってくる気がして、手を引っ込めた。

それから数日、決まって同じ時間に息の音がした。夕方、空が青く澄んで、影が長くなるころ。息はだんだん近くなった。中庭に降りて確かめると、音は木の穴から漏れていた。穴の奥は黒いのに、そこだけが妙に深く、喉の奥まで続いているみたいだった。

「…だれか、いるんですか」

返事はない。代わりに、穴の縁がわずかにすぼまり、また開いた。吸って、吐く。呼吸だ。木は、確かに呼吸していた。目に見える節が、ゆっくりとこちらを見据える。視線が痛い。枝の影が、腕のように伸びて、足元の芝を掴もうとする。

その瞬間、穴の奥から“声にならない声”が溢れた。喋ってはいない。ただ、人が喉を震わせる直前の、音の原料だけが吐き出される。私は耳を塞いだのに、音は頭の中に直接入り込み、脳の柔らかいところを撫で回した。

——ここ、空いてる。

意味がわかったのは、その言葉が私の記憶の口調を借りていたからだ。幼いころ、押し入れに潜って遊んだときの、あの安心の声。入っておいで、暗くてあったかいよ、と。

怖いのに、足が一歩前に出た。穴の縁の湿り気が、指先に吸い付く。中から生温い風が吹き、私の髪の根元をくすぐった。目の節が細くなり、笑ったように見えた。穴の黒が、私の影を飲み込もうと広がっていく。

ベランダの上から、誰かが私の名前を呼んだ気がした。見上げると、窓が並ぶだけで、人影はない。けれどガラスに映る木の幹は、今より少し太く、節がひとつ多かった。増えている。目でも口でもない、第三の節が、ぴくりと動いた。

翌日、隣の部屋が空室になった。昨日まで洗濯物が干してあったのに、ベランダには何もない。管理人に聞くと、「そんな人、最初からいませんよ」と言う。名簿にも、郵便受けにも、痕跡だけが綺麗に抜け落ちていた。

夕方、私はもう中庭に近づかない。なのに息の音は、部屋の中までついてくる。ふう、ふう、と壁の向こうで、木が呼吸している。窓を閉めても、カーテンを引いても、節の視線は薄い布を通してこちらを探してくる。

そして今、私の部屋の壁紙に、小さな盛り上がりができている。丸く、整いすぎた膨らみ。指で押すと、ぬるい。耳を当てると、確かに聞こえる。

吸って。吐いて。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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