ある川沿いの地方都市で、指定のごみ袋の値段が変わることになったそうです。可燃の袋は、10枚で「45リットル」が150円から330円へ、「20リットル」が120円から143円へ――そんな数字だけが、掲示板の端に淡々と並んでいました。
変更の理由も、ありふれていました。四月一日から新しい分別が始まること、材料費が上がったこと。そのための「出し方・リサイクルの手引き」も、前年の十二月に各戸へ配られたといいます。
手引きは薄い冊子で、表紙に季節の絵があり、ページの途中に黄色い袋の説明がありました。資源用の“黄色”は廃止になり、透明か半透明の市販袋を使うこと。四月一日以降に残っている黄色は、ペットボトルに限って使えること。発泡スチロールや食品トレイは、別の分別へ――。
そこまで読めば、誰もが首を縦に振る内容です。
ただ、その冊子の中ほど――黄色の説明の段落だけが、家ごとに違っていたそうです。
違っていたのは、たった一行でした。
ある家の手引きでは、確かに「黄色は廃止」と書いてあったのに、翌朝、同じ場所が「黄色は廃止しません」に変わっていたといいます。印刷のかすれ方も、インクの匂いも同じで、貼り替えた紙の段差もない。ページを透かしても裏写りのズレはなく、まるで最初からそう刷られていたようだったそうです。
家族が別のページをめくっても、他は変わらない。値段の数字も、四月一日の日付も、透明袋の指示も、すべて同じ。そこだけが、言い切るように逆のことを告げていました。
不思議に思って近所に聞くと、相手の家では「黄色は廃止」のままだったり、「黄色は“必ず”使用してください」と書かれていたりしたそうです。誰かが冗談で作った偽物なら、もっと派手に違っているはずです。けれど、違いは一行だけ。しかも、違う家ほど、声が小さくなっていったといいます。
その週の収集日、集積所の掲示も同じように“揺れた”そうです。
貼られたお知らせの紙は、日付も担当部署の番号も同じなのに、黄色のところだけが、見るたびに文言を変えました。
「黄色は廃止」
「黄色は廃止しません」
「黄色はペットボトルのみ」
「黄色はすべて可燃」
誰かが貼り替えているのなら、手の届く高さに新しい画びょうの穴が残るはずでした。けれど、紙は同じ一枚のまま、端だけが少し湿ったように波打って、文字だけが落ち着かない。
ほどなくして、黄色い袋そのものが“戻ってきた”そうです。
店ではもう見かけないはずの資源用の黄色い袋が、集積所の隅に、最初からそこにあったような顔で積まれました。数は多くなく、十枚ひと束のまま、口だけがきっちり揃っている。触ると新しいビニールの音がして、底には、誰の家にも配られていないはずの小さな注意書きが刷られていました。
注意書きは、いつも同じ場所にありました。袋の継ぎ目のすぐ上、結び目に隠れて見落としやすい位置に。
そこに書かれていたのも、一行だけだったそうです。
「指定に従わないものは、元の場所へ戻す」
収集車が来て、いつも通り袋が積み込まれ、いつも通り道路の向こうへ消えていく――その光景自体は変わりません。
変わったのは、夕方でした。
朝に出したはずの袋が、玄関先に置かれていたそうです。黄色い資源袋ではなく、透明の市販袋に入れ替えられていることもありました。袋の口は固く結ばれ、そこに細い紙片が結び目と一緒に巻き込まれていました。レシートのような紙で、上段に小さな枠が並び、日付や場所を書く欄だけが空白になっている。
その下に、淡々と品目が打たれていたそうです。
「発泡スチロール」
「食品トレイ」
「ラベル」
「キャップ」
そして最後に、短い一文。
「一行が違うため、受理できません」
“どの一行が違うのか”は書かれていません。手引きのことなのか、掲示のことなのか、袋の注意書きのことなのか。空白の欄に書き足そうとしても、紙は妙にざらついていて、鉛筆の芯だけが削れていったそうです。
それから、その町では、黄色い袋に触れた家だけが、分別の正解を探し続けることになったといいます。
廃止だと言われた黄色を使えば、戻る。
透明を使えば、戻る。
ペットボトルだけにしても、戻る。
袋の大きさを45リットルにしても、20リットルにしても、戻る。
戻ってくるたび、手引きの一行はまた変わる。掲示の一行も変わる。袋の継ぎ目の注意書きも、同じ場所で別の言い方をする。
正しい分別が“この町のどこか”にあるのではなく、正しい一行が“この町のどこか”に隠れているように――そんな気配だけが濃くなっていったそうです。
四月一日が近づくころ、集積所には、黄色い袋の束が少しずつ増えたといいます。誰も買っていないのに。誰も配られていないのに。
そしてその束のいちばん上の一枚だけ、いつも同じ一行が刷られていたそうです。
「指定に従わないものは、元の場所へ戻す」
元の場所が、どこを指すのか――それを確かめた人の話は、そこで途切れているようです……。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
〖お知らせ〗ごみ指定袋の価格を変更します
【お知らせ】ごみ指定袋の価格を変更します令和8年4月1日から、プラスチック製容器包装の分別収集が開始されることや原材料費高騰のため、ごみ袋の価格を変更します。 10枚当たりの価格(可燃ごみ袋): 〔45L〕変更前150円(税込)→変更後330円(税込) 〔20L〕変更前120円(税込)→変更後143円(税込) ※資源ごみ袋(黄色)は廃止し、市販の透明又は半透明の袋を使用します。 ※令和8年4月1日以降も在庫している資源ごみ袋(黄色)は使...

