五番窓口の北

ウラシリ怪談

ある都心の区役所で、生成AIを使った受付案内の実証が始まったそうです。入口すぐのモニターに「番号カードの受け取りはどこですか」と話しかけると、庁舎内の地図が出て、「1階北側の5番窓口へ」と、はっきり示される仕組みだったといいます。学習元は区のウェブページ約1万件分で、案内の正確性は9割ほど——そんな説明が掲示されていたそうです。

初日、電話でも24時間の自動応答が動き、夜のうちに50件ほど受けた、と後から聞いた者がいます。営業時間は平日8時30分から17時まで、と繰り返し読み上げるのに、深夜の問い合わせにも“案内だけ”は丁寧に続いたようです。

違和感が最初に出たのは、1階北側でした。窓口は並んでいるのに、番号だけが一つ欠けていたといいます。1番、2番、3番、4番……そして、6番。札は確かにそう掛かっていて、机も椅子も、5番の分だけ「最初から無い」ように整っていたそうです。

ところが受付の地図は、欠けた場所に四角い枠を描き、「5」と書いて、矢印を廊下へ伸ばしたそうです。職員用の扉の手前に、誰も気に留めない細い通路があり、そこへ向かうように。
案内に従った人が、少し迷った末に通路へ入ると、空調の風とは別の冷たさが、足首のあたりだけを撫でたといいます。壁の案内板も、なぜかその日だけ「北側→」の矢印が、普段と逆へ曲がって見えた、と。

通路の突き当たりは、白い壁だったそうです。窓口など作れる余地のない、ただの壁。
けれど、その壁の前に、列ができていたといいます。二、三人が、無言で一列に並び、順番を待っていた。並んでいるのに、誰も壁を不思議がらない。

最後尾にいたのは、薄い色の制服のようなものを着た女だったそうです。名札の金具だけが揺れていて、肝心の札面は光が当たっても読めなかった。女は振り向かず、壁に向けたまま、低い声でこう言ったといいます。
「番号札を……お取りください」

番号札の機械は、そこにはなかったそうです。
それでも、次の瞬間、列の先頭の手のひらに、紙片が乗っていた。見慣れた整理券の形で、インクは乾いていないように黒く、数字だけが大きい。

——005。

その数字を見た途端、壁に何かが「開いた」そうです。扉が開くのではありません。壁の“北側”だけが、地図のとおりに奥行きを持ったように見え、四角い窓口の影が差した。影の向こうで、何かを押す乾いた音が、一定の間隔で鳴ったといいます。

先頭の人が一歩進み、影の内側に半身が溶けるように消えたそうです。慌てて戻ろうとした気配もなく、振り向く様子もなく、ただ順番どおりに。
次の人が、番号札を握りしめて続いた。

残った列の者が口にしたのは、「案内どおりだ」という言葉だけだったそうです。
そして最後尾の女が、ほんの少しだけ首を傾けた。振り返ったのではなく、耳を澄ますように。名札の金具が、また小さく揺れたといいます。

その日の閉庁後、誰かが受付モニターの案内履歴を確かめようとしたそうです。どの質問も残っているのに、「1階北側の5番窓口」という経路だけが、地図上で“別の場所”へ折れていた。北側が北側でなくなったように、矢印の先が、庁舎の外周に沿って遠ざかっていたそうです。

深夜、24時間の電話応答に「番号カードの窓口は」と聞くと、返答は変わらず丁寧だったといいます。
「訪問先は住民手続きの窓口です。1階北側の5番窓口に——」
そこで転送を選ぶと、呼び出し音の代わりに、乾いた押印の音が一定の間隔で続いたそうです。
その音の向こうで、誰かが低い声で言った。
「番号札を……お取りください」

翌朝、1階北側の窓口は、1番から順に整然としていて、5番だけが欠けたままだったそうです。白い壁の前に列など無く、通路も、最初から行き止まりのように短かった。
ただ、床の端に、乾ききった黒いインクの点が、一直線に並んでいたといいます。矢印のように。北へ、北へと。

そして、その点の先に何があるのかは、誰も確かめていないそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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