相模湾沿岸のある市で、新しい「津波ハザードマップ」が全戸に配られました。紙は全体でA1サイズ、折りたたむとA4になり、九月中旬から各家庭へ届く——そういう、よくある配布物だったそうです。県の指定を受けた「警戒区域」の見直しが理由で、津波の“せり上がり”も考慮した「基準水位」を反映した、と説明が添えられていました。英語、中国語、韓国語の注意書きまで付いていて、十四万部作ったという数字も、むしろ真面目さの印に見えたといいます。
異変は、配布から数日後に気づかれました。
同じ町内、同じ日に届いたはずのマップなのに、「避難先」が一致しない家があったのです。
大半の地図は、海から離れる向きへ矢印が伸び、高台や大きな建物に導いていました。ところが数軒の紙だけ、矢印が海岸線に沿って“浜へ”向かい、最後は砂浜の入口でぷつりと途切れていました。避難場所の四角い印は、波打ち際より先——海の上に刷られていたそうです。
見間違いではありませんでした。
その数軒の地図だけ、凡例の「一時退避場所」の記号が、なぜか“錨”の形に似ていたといいます。錨など、避難の記号としては不釣り合いです。問い合わせ先の番号は印刷されているのに、なぜか一桁だけ薄く、押すたびに違う相手へ繋がる音がして、結局誰とも話せなかったそうです。
十一月の訓練が近づくと、町内の掲示板に案内が出ました。対象は「避難対象地域の住民およそ四万九千人と海浜利用者」。午前九時三十分に「訓練地震」、身を守る動作をしてから、津波一時退避場所へ——マップにも、同じ手順が書いてある。だからこそ、その朝の放送は、耳に刺さったといいます。
「海の上へ。錨印の避難先へ」
放送はそれきり途切れ、スピーカーは砂を噛んだような音だけを残しました。訓練係が止めたのだろう、と多くは思ったそうです。けれど、海の上の印が載っていた数軒の住民だけは、同じ言葉を地図からも聞いた、と言いました。紙の上の矢印が、放送の音を呼び出したように。
彼らが浜へ向かったのは、訓練だからでした。
途中で止められる。笑われて終わる。そう信じていたから、矢印に従えたのだそうです。
砂浜へ下りる階段の手前に、見覚えのない看板が一本立っていました。白地に青い矢印。仮設のように見えるのに、支柱は古い木で、塩の結晶がひびに入り込んでいたといいます。看板の文字は、はっきりこうでした。
「避難先 潮待」
“潮待”がどこなのか、誰も知りませんでした。市内の地名でも、岬の通称でもない。首をかしげた瞬間、数軒のマップが風もないのにぱらぱらと勝手に開きました。折り目が伸び、紙がA1の大きさに戻り、海の上の四角い印が濡れた墨のようにじわりと濃くなったそうです。四角の中に、文字が浮いてきました。
「基準水位 ここ」
そのとき、海が“上がった”のだといいます。波ではなく、海面そのものが、床の高さを変えるみたいに静かにせり上がった。砂が濡れるより先に空気が濡れ、呼吸が重くなり、金属の錆びた匂いが胸に刺さったそうです。誰かが「三十センチ」と言いました。避難行動が難しくなる、とマップに書いてある数字です。次の瞬間、ちょうど膝のあたりまで、海が来ていました。
訓練係は誰も止めに来ませんでした。
代わりに、看板の青い矢印だけが、海の上を指したまま動かなかったといいます。
訓練の後、町内会の回覧には「新しいハザードマップを活用してほしい」という短い文章が載りました。どこにでもある注意喚起です。
ただし、その回覧に添付された配布記録は途中から空白でした。十四万部作ったはずなのに、九月中旬から配るはずなのに、「配布」という見出しの行ごと、何も印刷されていない。塗りつぶしでも欠けでもなく、最初から“無い”ような白だったそうです。
そして、海の上の避難先が刷られていた数軒の家では、そのマップだけがいつの間にか消えました。捨てた覚えはなく、探すたびに家の中の紙は増えるのに、あの一枚だけ見つからない。代わりに引き出しの奥から、見知らぬ港の古い写真が一枚だけ出てくるようになったそうです。
写真の端には、小さな錨の印。
裏面には、鉛筆でこう書かれていたようです。
「潮待へ」
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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