影が先に青になる

写真怪談

ドラッグストアの駐車場前の横断歩道は、昼間でも妙に冷えて見えた。白線に、信号機と街路樹の影が太く落ちている。影はただそこにあるだけなのに、歩く人の形を無理やり作ろうとして、何度も輪郭を描き直しているようだった。

中央分離帯には、障害物表示灯が一本だけ立っている。正面から見ればいつもの点滅だが、横から見ると、薄い板が“瞬き”を繰り返しているみたいに見える。目を離すと、次の瞬間には点滅の間隔がほんのわずか変わっている。規則の中に、説明できない「間」が混じる。

その「間」に気づいた人ほど、信号を待つのが下手になった。

赤のはずなのに、足が出る。誰かが背中を押したわけじゃない。白線の上で、影だけが先に動くからだ。信号機の影が一瞬だけ形を変えて、黒い“歩け”を灯す。色も音もないのに、脳の奥にだけ「青」が点く。

踏み出した人は、横断歩道の半分まで行かない。白線の上に、靴底が触れたまま止まる。次の瞬間、足首から下が、塗装の下に沈むように消える。転倒も叫び声もない。まるで、道路が薄い水面で、白線が水の表皮だったかのように。

残るのは落とし物だけだった。薬局の紙袋、買ったばかりの飲み物、片方の手袋。袋の底にだけ、濡れたような黒い染みが広がる。雨でもないのに、じわじわと、紙が重くなる。

監視カメラの映像には、事故が存在しなかった。車はぶつかっていない。自転車も避けている。ただ、信号が赤のままの画面で、人が一歩だけ出て、次のフレームでいなくなる。消えた場所には、街路樹の影がちょうど覆いかぶさっている。影が“隠している”のではなく、影の下が“抜けている”みたいに見えた。

ある夕方、私は横断歩道の手前で立ち止まり、障害物表示灯を横から見た。点滅が、信号のリズムと噛み合っていない。信号が変わる前に表示灯の瞬きだけが一拍早い。目の前の白線に落ちる影が、その一拍に合わせて“先”へずれる。

赤のままなのに、影だけが渡り始める。

信号機の影と街路樹の影の隙間に、もうひとつ影が混じった。枝でもポールでも説明がつかない、小さな人影。頭と肩の輪郭が妙にくっきりしていて、足元だけが白線のひび割れに溶けている。影は私の横に立つのではなく、横断歩道の「次の白線」に立っていた。未来の位置に、先にいる。

影の人影が、こちらを向いた。

声はない。けれど、影が“手招き”の形を作る。あの一拍早い瞬きが来る。脳の中で「青」が点く。足が勝手に前へ行こうとする。私は噛みしめるように、点字ブロックの黄色を見た。黄色は境界だ。ここから先は、白い水面だ。

信号が青に変わった。車は止まっている。渡っていいはずなのに、私は動けなかった。なぜなら、影の人影はもう渡り終えていたからだ。白線の奥で輪郭が薄くなり、最後に足元だけが、ひび割れの一本へ吸い込まれるように消えた。

翌日、横断歩道の手前の白線が一本だけ、妙にくすんで見えた。新しい塗装にしては古びている。表面には細いひびが無数に走り、水面のさざ波みたいに光を返す。

その白線の上に、人ひとり分の影が立っていた。信号機でも街路樹でもない、待つ影だ。陽は真上にあるのに、影は横へ伸びて、横断歩道の奥へ続いている。

影の足元に、私の靴の形がぴたりと重なっていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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