搬出の赤い札

写真怪談

水路沿いの緑道を歩くと、柵の向こうの河岸が一段落ちて、そこだけ別の季節みたいに暗い。整備の伐採が入った直後で、斜面には切られた丸太と枝が折り重なり、土の匂いに混じって青い樹皮の匂いが立っていた。

いちばん目につくのは、一本の丸太に巻かれた赤いテープだった。搬出の目印。処分の札。そういう実務の色が、森の緑の中で不自然に鮮やかだった。

柵越しに見下ろしていると、風がないのに赤い帯がわずかに膨らんで戻る。呼吸みたいに。枝の影が触れるたび、赤が一段濃くなる気がして、目を逸らせなくなる。

翌日、同じ時間に通ると、丸太の位置が微妙に変わっていた。倒れ方が違う。枝の絡みがほどけている。作業が進んだのだろう、と納得しかけて、斜面に足跡がないことに気づく。あれを動かすなら、必ず踏み跡が残るはずなのに。

その翌日、赤いテープは丸太から消えていた。代わりに、切られていない細い木の幹に巻かれていた。まだ生きている幹に、搬出の札だけが先回りしている。胸の奥が冷える。相手を間違える“手”がいる、と。

夕方、薄暗さが斜面に溜まるころ、赤い帯はさらに移動した。今度は柵の支柱の根元。しかも、こちら側に近い位置だった。短い切れ端が、誰かがちぎって貼り付けたみたいに、金属の根元にぴたりとついている。

柵の内側には入れない。手も届かない。なのに、札だけが境界を渡ってくる。搬出するのは木だけじゃない。そういう考えが、理屈ではなく皮膚で理解されていく。

帰宅して靴下を脱いだとき、足首に赤い粘着の痕があった。擦れたような細い線。剥がそうとすると、皮膚の下から引っ張られる。粘着剤の匂いじゃない。湿った土と、古い水の匂いがした。

次の日の朝、日差しの中で歩いていると、足元が妙だった。影が薄い。消えたというより、濃さが足りない。振り返って確かめても、影はちゃんとあるのに、どこか“急いでいる”みたいに先へ滑る。

柵の手前で立ち止まり、わざと一歩引いた。影は遅れて戻らない。少しだけ斜面のほうへ寄り、柵の根元に吸い寄せられるように伸びていく。

試すように右手を上げると、影の右手も上がった。遅れて。半拍、ずれて。まるで別の場所にいる自分が、こちらの動きを中継しているみたいに。

そのとき、影の足首に赤い帯が見えた。丸太に巻かれていたのと同じ色。影だけに巻かれているのに、なぜか足首がひりつく。昨日の赤い痕と、位置がぴったり重なる。

目を凝らすと、影の足首の赤は“巻かれている”のではなく、“指定されている”。搬出札は、物に付くのではなく、運ぶ順番に付くのだとわかった。

その夜、夢の中で自分は斜面に寝かされていた。丸太と同じ向きに。枝が上から覆い、視界の端で赤い帯がいくつも光っている。誰も喋らない。ただ、手順だけが正確に進む。赤い札が付いた順に、身体が少しずつ“下”へ滑る。枯葉がまぶたに張りつき、水の音が近づく。

朝、足首の赤い痕は短いテープ片に変わっていた。剥がすと血が滲むのに、いつの間にかまた同じ位置に戻っている。鏡を見ると、自分の影が少し濃くなっていた。濃いのに、重い。床に貼り付いて、剥がれない感じがする。

それでも、緑道を通らないわけにはいかない。通勤の道だからだ。柵の前に来ると、斜面の丸太の山は少し減っていた。搬出が進んだのだろう。けれど赤い札は残っていた。枝の絡みの奥、木々の底に、短い赤が点々と並んでいる。

そして、自分の影はもう足元におとなしくいない。先回りして柵の根元に張りつき、引っ張られるのを待っている。手を握ると、影の指が遅れて握り返す。その遅れが、日に日に短くなる。

玄関のたたきに、ほんの短い赤い切れ端が落ちていた。拾おうと指を伸ばした瞬間、空気が一度だけ、深く吸われた気がした。森でも、水でもなく、境界そのものが息をするみたいに。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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