下りたままの踏切

ウラシリ怪談

北の沿岸に近い町で、十二月の半ばに、湿り気の強い重たい雪が一気に積もったそうです。雪は風に押され、屋根の上で逃げ場を失い、ある大きなドーム形の施設の屋根が押し潰れるように凹んだともいいます。

その同じ頃、町は広い範囲で停電し、数万軒単位の灯りが消え、外の気温は零度に届かない夜に入っていったそうです。暖房も途切れ、携帯の充電も尽き、暗さが家の中から滲み出して道路まで濡らしていくようだったといいます。

列車は終日動かないはずでした。けれど、町外れの一本の踏切だけは、いつまでも遮断機が下りたままだったそうです。

誰かが「停電のせいだ」と言い、誰かが「朝になれば上がる」と言い、結局、皆が通り過ぎるのを諦めて引き返したといいます。

妙なのは音でした。踏切の警報機が、電気を失った町の暗闇の中で、一定の間隔で鳴り続けていたそうです。金属の鈴でも電子音でもない、乾いた“呼び出し”のような音で、鳴るたびに雪が少しだけ沈む、そんな聞こえ方だったといいます。

翌朝、停電は少しずつ解消し、戻った地区も出たそうです。ところがその踏切では、電気が戻っても遮断機が上がらず、警報だけが同じ調子で鳴っていたといいます。線路の先を見ると雪で埋まり、枕木も境目も分からない。そもそも列車が来るはずがない。

近所の人が、スマートフォンで動画を撮ったそうです。画面の中では、白い雪と黒い遮断機、赤いランプの点滅だけが映り、音だけが、あの“呼び出し”を繰り返していました。

撮影の途中で、ふと、音に別の層が混じったそうです。ベルの裏で、誰かが小さく数を数えている。しかも「いち、に、さん」ではなく、もっと事務的に、桁の多い数を淡々と刻む声だったといいます。

その声は、踏切の前に立っている誰の口からも出ていない。けれど録画には残り、風の音よりも近く、吐息よりもはっきりしていたそうです。

さらに妙なのは、その数が、停電で影響を受けた家の数と同じところで止まったことです。最大で何万軒という数字が報じられた夜、録画の声も同じ桁で言い淀み、そこで一度、咳払いのように途切れたそうです。

そこから先は、ベルが鳴るたびに、声が住所のようなものを読み始めたといいます。町の名ではなく、「玄関」「台所」「子ども部屋」そんな場所の名で、それが淡々と列挙される。

その場にいた人は、怖いというより、間違った作業を見せられている気分になったそうです。踏切が“通行を止める”のではなく、“家の中へ入る順番”を決めているように思えたといいます。

遮断機の根元に雪が積もり、黒い棒が氷を噛んで動かない。それでも警報は鳴り、赤い光だけが、町のどこかでまだ起きている人を探しているようでした。

その日の夕方、踏切に近い通りで、遮断機の棒に触れた人がいたそうです。氷のはずなのに棒の内側だけが妙に温かく、指先が触れた部分がじわりと曇り、手形ではない“爪の跡”のような細い筋が浮いたといいます。

慌てて手を離し、動画をもう一度撮ろうとしても、スマートフォンはその場で再起動を繰り返し、画面には「通知」という文字だけが点滅したそうです。

後日、その録画を確認しようとすると、保存されていたはずの動画が何本も消えていたそうです。残ったのは一本だけで、映像はほとんど真っ黒なのに、音だけが鮮明でした。ベルが鳴り、数を数える声が続き、最後に、誰かの声がこう言うのが入っていたといいます。

「復旧しました」

その直後、踏切の音は止まらず、声だけが消え、代わりに雪の上を歩く足音が、線路のない方向から踏切へ向かって増えていったそうです。

町の停電は収まり、潰れた屋根も片付けられ、踏切の遮断機もいつか修理されたそうです。ただ、あの夜の録画だけは、いまも複製できないらしいのです。送ろうとすると添付が空になり、クラウドに上げると黒い四角だけが残り、再生すると、零度に届かないはずの部屋で吐く息が白くなるような音が混じるそうです。

そして、踏切の前を通る車のドライブレコーダーにだけ、雪のない路面の上に、下りたままの遮断機が映ることがあるようです。そこには線路も警報音もないのに、棒だけが、いつまでも“通行止め”を続けているそうです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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