高架の小さな駅には、入口へつながる陸橋がある。線路を見下ろす位置にあって、住宅の屋根の高さと同じ目線で、電線と架線柱が複雑に絡み合うのが見える。夕方、空が白く薄まっていく時間帯は、街の輪郭だけが先に硬くなり、音だけが遅れてついてくる。
陸橋の途中で立ち止まる癖がついた。線路のカーブの向こうから電車が現れる瞬間が好きだったからだ。遠くの金属音が、一定の間隔でこちらへ近づいてくる。風のせいだと思うには規則正しくて、鼓動みたいに聞こえる。
その日、電線に一羽、カラスが止まっていた。設備の黒い部品と紛れそうな位置で、最初は見落としそうだった。けれど見つけた途端、視線がそこから離れなくなる。妙に動かない。首も、羽も、まるで“止められている”みたいに静止している。
鳴き声もなかった。
近づく電車の音が大きくなり、先頭の表示が赤く灯って、車体がカーブからぬるりと現れた。窓が夕陽を吸い込み、ガラスの内側が暗く沈む。その暗さに、もうひとつ、別の暗さが混じった。
先頭寄りの窓に、人の形が貼りついている。
窓の内側でも外側でもない位置に、黒い輪郭だけが置かれている。背丈は大人ほど。肩が角ばっていて、首のあたりが不自然に細い。顔はない。あるはずの部分だけが、最初から削られたみたいに平らだ。
それが、こちらを見ていた。
目が合う、ではない。数えられる。視線が“人数”として迫ってくる。ひとり分の重みが、欄干越しに、線路の上から這い上がってくる感覚。足の裏が冷え、喉が乾き、息が浅くなる。
視線を逸らそうとして、ふいに電線のカラスを見た。
カラスは、相変わらず動かない。なのに、影だけが揺れていた。夕方の低い光のはずなのに、カラスの影は線路側ではなく、空のほうへ伸びている。影が“上へ”落ちている。ありえない方向へ、細い腕みたいに伸びて、電線の設備の白い突起を、指の関節みたいに撫でている。
電車が真下を通過するとき、窓の影は増えた。
一枚の窓に一つ、ではない。窓の継ぎ目ごとに、細い人影が重なっている。数えようとすると、数えた分だけ背中に貼りつく。数えられたくないものではなく、数えさせてくるもの。あなたの視線を名簿にしてしまうもの。
車輪の音が、急に区切れた言葉に聞こえた。カ・タ・ン、カ・タ・ン。段数を刻むみたいに、影の数と同じだけ鳴る。
電車が過ぎ去り、線路の上に静けさが戻っても、カラスはそこにいた。鳴かないまま、動かないまま。見れば見るほど、あれが生き物なのか、設備の一部なのか、わからなくなる。黒の質感が、羽の艶とも塗装ともつかない。
その晩から、陸橋を渡るたびに、カラスがいるかどうかを確かめてしまうようになった。いない日は、ほっとする。いる日は、胸の奥がざわつく。なぜか“今日の分が揃った”という感覚がする。
そして、いる日に限って、先頭車の窓に貼りつく影の数が増える。
一つ、二つ、三つ。窓の暗さの中に、黒い輪郭がいくつも重なる。影の顔がないのは同じなのに、首の角度や肩の落ち方だけが少しずつ違って、同じ人ではないことだけがわかる。私の視線が一つ増えるたび、向こうの影も一つ増える。
ある日、階段を上がって陸橋へ出た瞬間、足元が軽くなった。荷物が減ったような、体重が一瞬だけ抜けたような感覚。反射的に下を見て、背筋が凍った。
影がない。
夕方の斜めの光の中で、欄干も柱も電線も、長い影を引きずっているのに、私の影だけが落ちていない。自分が、そこに“いない”みたいだった。
視線が勝手に上へ跳ねた。電線のカラスがいた。相変わらず動かない。けれど、その隣に、もう一つ黒い塊がある。
私の形だった。
欄干に手を置いて立っている。顔の位置だけが薄く、空の色が透けている。振り向かないのに、こちらの存在を知っている。窓の中から見返してきたものと同じ“見方”で、私を見ている。
都心方面の電車がカーブから現れ、先頭の表示が赤く灯った。窓が暗く沈む。そこに、黒い人影が貼りつく。
その瞬間、電線のカラスの影が、上へ伸びた腕の形をやめた。影が“羽”になった。羽が広がり、私の形のほうへ覆いかぶさり、次の一瞬で、するりと窓の暗さへ吸い込まれていった。
足元に、遅れて私の影が戻った。
だが戻ってきた影は一枚ではなかった。二枚、三枚、微妙にずれた輪郭が重なっている。歩くたび、影が少し遅れてついてくる。たまに、先に曲がる。電線の下を通るときだけ、影がふいに“上へ”落ちそうになる。
それから私は、陸橋を渡るたびに確かめる。電線のカラスがいるかどうかを。先頭車の窓に、影が貼りついていないかを。
怖いのに、見てしまう。見たら、数えてしまう。
数えた瞬間、名簿の次の行に、私の名前が勝手に書き足される気がするのだ。鳴かないカラスが、羽ばたきもせずに、ひとつずつ“人数”を増やしていく。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


