シェア畑には、番号が振られている。
登録者は区画番号で呼ばれ、貸し出し期間が終われば札が外され、次の登録者に引き継がれる。共同で使うからこそ、誰のものでもない時間を作らない。空白は揉め事の種になるからだ。
だから、畑に「欠番」があるはずがない。
年末の迫った十二月中旬。空がやけに高く、ビニールハウスの列が白く反射していた日だった。
通りがかっただけの人が、入口の隙間から中を覗き込み、写真を一枚撮った。右端に金網が写り込む、あの角度。畑の中央右寄り、雑草の固まりが黒く見える場所。
その夜から、その人は妙なことを言い出した。
「畑の中に、もう一つ区画がある。地図にないやつが」
登録していない通行人が区画を知っているのが、まずおかしい。
しかし、その人のスマホを見せてもらうと、確かに写っていた。冬の畑はネットやトンネルで覆われているのに、中央右寄りの雑草だけが、覆いの外で伸びている。誰もいないはずなのに、そこだけ“座っている何か”みたいに、背中の丸い輪郭がある。
拡大して気づいた。
雑草の根元に、白い札が刺さっている。プラスチックの名札だ。シェア畑で使う、あの区画札に似ている。
写真の解像度では文字は読めない。それでも、札だけが妙に“はっきり”していた。そこだけ現物より新しいみたいに、輪郭が硬い。
翌朝、その人は爪の間が黒かった。
畑に入っていない、と言い張るのに、土の匂いがした。靴底には、乾いた泥が薄く塗られている。金網のひし形が、手のひらにうっすら浮き出ていた。握った覚えのない鉄の跡だ。
畑の決まりには、書かれていない決まりがある。
登録していない人間は、入口を開けない。中を覗かない。写真を撮らない。
それは防犯でもマナーでもなく、たぶん――“名簿”のためだ。
その日の夕方、連絡が来た。
「区画札が届いた。ポストに入ってた」
彼の住所を知っているのは家族か役所だけだ。畑の運営が、登録していない人に札を送るはずがない。
札には番号がなかった。
ただ、区画の枠を示す線と、空欄の名前欄だけがあった。書けば登録になる。そういう作りに見えた。
彼は冗談めかして笑い、何も書かずに机の上に置いた。その瞬間、札の裏側に泥がにじんだ。乾いた泥ではない。湿った土が、皮膚みたいにゆっくり広がっていった。
夜になると、彼は眠れなくなった。
耳の奥で、薄いビニールが擦れる音がする、と言った。風がないのに、ネットがこすれる音だけが一定のリズムで続く。
「たぶん、あの畑が……作業を待ってる」
翌日、彼は行方をくらませた。
職場にも出てこない。電話も通じない。家に行くと、玄関先に白いネットが丸めて置かれていた。畑でトンネルにかける、あの薄い不織布だ。触ると、内側に乾ききらない泥がべったり付いていた。
警察に届ける前に、最後にもう一度、写真を見た。
入口の隙間から撮った冬の畑。右端の金網。左のハウス列。中央右寄りの雑草。
そこに、札がはっきり写っていた。
しかも文字が読めた。
名前欄に、彼の名字が印刷されていた。
手書きではない。最初から用意されていたみたいに、均一な黒で。
ぞっとして画面から目を逸らした瞬間、指先が粘った。
スマホのガラスに、泥が付いている。拭いても取れない。爪の間に入り込む。匂いがする。冬の畑の、湿った土の匂いだ。
その夜、自分の手のひらにも金網のひし形が浮いた。
入口の隙間から覗いただけなのに。写真を見ただけなのに。
畑は“共有”だから、境界に触れた時点で割り当てが始まる。登録者でなくても、見た者に役目が回る。空白の区画を埋めるために。
翌朝、ポストに同じ札が入っていた。
番号はない。名前欄だけが空いている。
裏返すと、湿った土が、じわじわ増えていた。
畑に行けば、終わるのかもしれない。
欠番の区画に札を刺して、雑草を抜いて、冬のネットを直して、名簿の空白を埋めれば。
ただ、ひとつだけ分かっている。
あの区画は、誰かが世話をやめた時に“空く”のではない。
最初から空いていて、通りすがりを待っている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


