フックは引き返さない

写真怪談

夜の車庫は、いつも音がない。
舗装の隙間に草が生え、壁には錆が広がり、それでも点検記録だけはきちんと並んでいる。どれだけ年月が過ぎても、使われていない車両のエンジンには、毎月一度、点検の朱印が押されていた。

その車両もそうだった。
型式の古いレッカー車。既に部品も揃わず、車検も切れているのに、なぜか廃車にされず、隅に押し込められたままになっていた。

誰からともなく、こう言われていた。
「あれの前に立つな」「鉄のフックには触るな」
冗談のようでいて、妙に誰も否定しなかった。

ある日、夜勤明けの整備士がそのフックのそばで動けなくなった。
腰を抜かした状態で発見され、搬送先でただ一言、「巻き取られてた」とだけ呟いたという。

本来なら、ウインチの操作は運転席側の制御盤から行う。
だがその車両だけは、エンジンを切った状態でも、深夜にウインチが回るという。
ガチ、ガチ、という音がして、繋がれていないワイヤーがじわじわと巻き戻される。
誰もいないのに、誰かが何かを引き戻しているような音。
そして翌朝、フックの下の金属板には、必ず泥の跡が残っていた。
それはいつも、誰かが這い寄ったような、不自然な間隔の指の形だったという。

さらに2年が過ぎたある日。
新人が誤ってそのウインチの中を覗き込んだ。作動したはずのないスイッチが入り、フックがゆっくりと跳ねた。
巻き取るものなど何もないはずだった。
だが翌日、車両の下から片方だけの作業靴が見つかった。
まるで、何かが引き戻される途中で、途中までしか帰れなかったように。

その靴の持ち主は、いまも見つかっていない。
整備記録には、「点検済」とだけ記されている。日付は、事件の翌朝だった。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

タイトルとURLをコピーしました