郊外の住宅街に、小さな集会施設があるそうです。
地域のサークルや子ども会が使う、ごく普通のホール付きの建物だといいます。
ある年の冬、そのホールで内装の改修工事が行われました。
古くなった壁紙を貼り替え、雨漏り箇所を直し、正面の壁には縦二メートルほどの大きな鏡が新しく取り付けられました。
向かいの東側の窓には、割れても破片が飛び散らないよう、下半分を隠す白いパネルが設置されたそうです。
市のホームページには「雨漏り修繕と鏡・パネルの設置が完了しました」と、簡単な案内だけが掲載されていたといいます。
昼間に使う人たちは、みな鏡を喜び、体操やダンスの姿勢を確かめるのに重宝していたそうです。
少し様子がおかしいと気づかれたのは、夜の利用が戻ってきてからだといいます。
ホールを使い終わった人たちが、「ときどき水が落ちる音がする」と口にするようになったそうです。
音の出どころは、決まって東側の窓のあたりでした。
「ぴちゃん、ぴちゃん」と、一定の間隔で、水滴が床に落ちるような音が聞こえていたといいます。
しかし、見に行っても床は乾いたままで、パネルの隙間から雨が入っている様子もなかったそうです。
ある雨の夜、ホールでは、近所の子どもと保護者によるダンスの練習会が開かれていました。
新しい鏡の前に、小さな椅子が横一列に並べられ、子どもたちが順番に立っては、音楽に合わせて簡単な振り付けを真似していたといいます。
外の雨脚が強くなり、窓ガラスを叩く音が大きくなったころ、一人の保護者がふと違和感を覚えたそうです。
鏡の中に映る列の人数が、実際より一人多く見えたといいます。
ホールには、子どもと大人を合わせて十四人がいました。
けれど鏡の中には、十五人分の動きが映っていたそうです。
列の端に、小柄な子どもが黄色いフードを被って立ち、ほかの子と同じ振りをして揺れていたといいます。
振り返って確かめても、実際の列に黄色いフードの子どもはいませんでした。
鏡の中でだけ、その子は決められた場所から一歩も動かず、顔をフードの陰に隠したまま、律儀に両腕を上げ下げしていたそうです。
その足元から、はっきりと「ぴちゃん」と音が聞こえ始めたといいます。
鏡の中では、裸足のかかとのあたりから水が垂れ、床に丸い染みをつくってじわじわと広がっていったそうです。
しかし、実際の床には、濡れた跡ひとつ見当たらなかったといいます。
「そこ、濡れてない?」と誰かが声をかけたとき、ホールの照明が一瞬だけ揺れました。
その瞬間、鏡の中の映り込みが遅れてぶれるように歪み、東側の窓の下半分まで、あり得ないものが映り込んだそうです。
パネルで隠れているはずの部分に、夜の地面が見えていたといいます。
雨水で黒く光るアスファルトと、そこに膝まで浸かる、何人もの子どもたちの脚だけが整列していたそうです。
全員、同じ方向を向いたまま動かず、列の端だけ、黄色いフードの上半身が鏡のほうへじわりと傾いてきていたといいます。
そのとき、実際のホールで、一人の子どもが足元を見下ろしながら「ぬれる」と小さな声で言ったそうです。
靴下は乾いていましたが、鏡の中では、その子の膝まで黒い水面がせり上がり、列全体の足首を隠す高さにまで達していたといいます。
慌てて音楽が止められ、照明のスイッチが切り替えられました。
暗くなったホールで、鏡のほうだけ、一拍遅れて子どもたちが静止する影が映り、最後に黄色いフードの輪郭だけが、裏側へ押し戻されるように沈んでいったそうです。
その夜のうちに点検が行われましたが、窓からの漏水も、電気系統の異常も見つからなかったといいます。
ただ翌朝、清掃に入った人が、鏡の下端の金属枠に不自然な跡を見つけたそうです。
内側から滲み出たような、子どもの足の形をした水跡が、枠の内側にいくつも並んでいたといいます。
外側から拭いても消えず、光の加減で浮いたり消えたりしながら、今も薄く残っていると噂されています。
それ以来、強い雨の夜だけ、そのホールの予約表には、短い空き時間ができることがあるそうです。
誰も申し込んでいないのに、「子ども会」とだけ控えめな字で書かれた欄が、いつの間にか埋まっていることもあるといいます。
市のホームページには、相変わらず「内装改修工事が完了しました」とだけ記されているそうです。
鏡とパネルの設置について丁寧に説明されている一方で、鏡の前に並ぶ人数が、ときどき一人分ずれて見えることについては、何も書かれていないようです……。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
下布田ふれあいの家 – 内装改修工事完了のお知らせ
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