金型の日に増えるもの

ウラシリ怪談

とある工業地帯の外れに、小さな金型工場があるそうです。
古い倉庫を改装しただけの建物で、年に一度だけ、少しだけ空気が変わる日があるといいます。

11月25日、「金型の日」。
業界では金型を「製品の生みの親」として讃える記念日で、その工場でも朝から主要な金型を磨き上げる習わしがありました。
黒ずみを落とし、油を引き直し、割れ目の樹脂を針で掻き出す作業を、年配の職長は「子どもの顔を洗ってやるようなものだ」と言っていたそうです。

工場でいちばん大きな成形機には、透明な収納ケースの側面を一度に二十四個抜き取る金型が取り付けられていました。
その列の中で、十八番目のキャビティだけが金属ブロックで塞がれていました。
理由を聞くと、昔そこから「変なもの」が出たので塞いだのだ、とだけぼかして答えたといいます。

ある年、受注が急に増え、工場長が「塞いでいる穴も使おう」と言い出しました。
反対したのは、その金型を長年見てきた職長だけでしたが、「金型の日に生産性を上げよう」という掛け声に押され、十八番のブロックは外されました。

再研磨されたキャビティは、鏡のようにきれいな面になり、再組み込みが終わったのは11月25日の午前中だったそうです。
そのまま試し打ちが始まり、透明な樹脂の部品が次々とコンベヤに流れていきました。

数ショット目、検査係の一人が、部品の束の中から一枚だけを無言で拾い上げました。
収納ケースの側面のはずの内側に、樹脂がわずかに盛り上がった部分があり、小さな耳と頬の輪郭のようなものが浮かんでいたといいます。
「樹脂の流れだろう」と皆は笑いましたが、検査係だけは首をかしげたままだったそうです。

その後も、十八番キャビティで抜かれた部品には、同じ位置に模様が現れ続けました。
耳、閉じた目の線、鼻梁と唇……。
数十ショット目には、そこに曖昧な年齢の「顔」が、はっきりと浮かび上がるようになっていたといいます。

不思議なことに、その顔は一つひとつ表情が違っていました。
わずかに口元が緩んでいるもの、眉間に皺が寄りかけているもの。
しかし、輪郭や目と口の位置は、寸法を測ればぴたりと同じだったそうです。

十八番ラインの製品はすべて不良品となり、キャビティは再び塞がれました。
けれども異変は止まりませんでした。
別の金型、別の製品でも、抜き取られた樹脂のどこかに、あの顔が現れ始めたといいます。

車の内装部品、家電のボタン、玩具の部品。
種類も工場内の場所も関係なく、金型のどこかに、その顔のためのわずかな膨らみが紛れ込むようになり、不良率だけが上がっていきました。
研磨しても、型を交換しても、今度は別の面に同じ顔が浮かぶため、原因は「説明できない傷」として処理されたそうです。

やがて工場の外にも、その痕跡は現れました。
量販店で買った収納ケースの内側に、曇った横顔が浮かんでいる。
子どもの玩具の表面に、製品とは無関係な顔の凸凹が混ざっている――そんな書き込みが、写真付きで投稿されるようになったといいます。

ある作業員は、動画サイトに上がった「買ってきた収納ボックスに顔が写っている」という映像を見て、冷や汗をかいたそうです。
スマートフォン越しに撮られた透明ケースの内側には、工場で見たのと同じ輪郭の顔が浮かび、カメラが近づくと、閉じた目の線がかすかに動いたように見えたといいます。

それ以来、工場では毎年11月25日になると、どこかのラインで必ずあの顔が現れると噂されるようになりました。
金型を総入れ替えしても、製造を別の工場に移しても、「金型の日」に成形されたロットのどこかには、必ず一つ、あの顔が紛れているのだそうです。

同じ日、業界団体の記念式典では、今も変わらず優良従業員の表彰が行われています。
年ごとに違う名前が並ぶ集合写真を並べて眺めると、写っている人々の中に、輪郭のよく似た顔が、毎年一人ずつ混ざっていることに気づく人もいるといいます。

金型が「製品の生みの親」だとすれば、あの顔もまた、どこかの型から増え続けているのかもしれません。
ただ、その元になった型が何で、どこに仕舞われているのかを、確かめようとした人はいないそうです……
その話は、11月25日が近づくと、工場の中でだけ小さく囁かれるといわれています。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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