塗りの端

ウラシリ怪談

塗装ブースに、黒より黒いとされる新しい塗料の試験片が吊られたそうです。照明を上げても面は反射せず、輪郭だけが薄く欠けて見えたといいます。触れても跡は残らず、そこだけ温度が曇ったように下がったそうです。

試験は外したドア一枚から始まったそうです。下地を整え、マスキングを貼り、均一に吹き付けると、黄色いテープの境界がゆっくり消え、貼った手順すら曖昧になったといいます。監視カメラの映像では、ドアのある位置が「未記録」の細帯となり、秒針の進みがそこを横切るたび、一拍ぶんだけ電子音が消えたそうです。

面が乾く頃、異変は形を持ち始めたそうです。ブースの床に引かれた白線が、その黒の直下で紙を裂いたように途切れ、台車のグレーの影が面に触れた瞬間だけ、影の輪郭ごと欠けたといいます。塗膜の厚みを測るために記録担当の作業員が膜厚計を当てると、表示は規格の数値ではなく「—」に変わり、保存したデータはファイル名だけを残して空になったそうです。作業員の防じんマスクの呼気弁は揺れるのに、周囲の霧だけがその瞬間だけ生まれず、呼吸のリズムの形に空白ができたといいます。

その日の午後、ドアを車体に戻すと、黒い面に向き合った場所だけ工場の音が平らになり、警告ブザーの間欠が一回ぶん欠落したそうです。場内の無線は呼びかけの呼号だけを拾わず、紙に刷られた検査票は一行だけ番号が飛び、その番号札の実物だけ棚から見当たらなくなったといいます。黒の面に人の影が差すと、影の胸のあたりに小さな窪みが生まれ、息を止めてもそれだけは刻むように脈打ったそうです。

納車は予定通りに行われたそうですが、その日の街路カメラには車体の片側が「透過」として記録され、別の車の影がその穴を通り抜けるたび、映像の圧縮ブロックが四角く壊れたといいます。交差点の検知器は車列のカウントを一台ごとに落とし、近隣の自販機の釣り銭は硬貨が一枚多いのに表示は合計額が足りず、印字された領収の桁が端から一つ脱落したそうです。

夜、車がいなくなったブースには、ドアと同じ寸法の長方形が床にだけ残り、そこへ足を踏み入れた作業員の靴跡は手前で途切れ、出た先にだけ再開したといいます。早朝の霧が濃い日には、その長方形の上空だけ霧が生まれず、代わりに床下から浅い吸い込み音と、遠くで紙をめくるような薄い反響が続いたそうです。翌週、記録担当の作業員が点検に戻ったところ、彼女のクリップボードのバインダー金具が片側だけ短くなっており、金属片の欠けは見つからないまま、締めたはずの紙束の一枚が番号ごと存在しない空白になっていたといいます。

その車についての問い合わせは、配送記録に空の行を作るだけで返ってきて、誰も実物を見たと言い切れないまま、長方形の跡だけが季節ごとにわずかに位置をずらして残り続けているそうです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

黒よりも黒い塗料!?ベンタブラックとは?

黒よりも黒い塗料!?ベンタブラックとは? | 鈑金のモドーリー オフィシャルサイト|車の板金・塗装・修理の全国チェーン
みなさん、こんにちは!鈑金のモドーリーです。 突然ですが黒という色はお好きですか?好きか嫌いかは別としても、黒

 

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