とある町で、夕方の放送が一時間早まったそうです。
子どもの下校を促すため、五時に短いメロディが流れるようになったといいます。
広場のスピーカーは整備され、試験放送も滞りなく終わったと記録されています……。
その日から、町の夕方は少しだけ濃くなったそうです。
商店の蛍光灯が五時に合わせて一度だけ脈打ち、犬が門の前でゆっくり首を傾ける。
交差点では、影だけがひと足先に家路を急ぐのが見えたという証言が残っています。
三日目、異変ははっきりとしたそうです。
決まって六時ちょうど、どこからともなく“以前の時間”が鳴りました。
スピーカーは沈黙しているのに、ガラス戸や洗面器、植木鉢の水面が細かく震え、
あの旋律が家々の奥から立ちのぼるのだといいます。
それでも記録用の端末には、再生履歴の増減が一切残らなかったそうです。
メロディの最終音がほどけるたび、何かがずれるという話があります。
一時間分のレシートに印字された時刻だけが一分早く、翌日の健康アプリには十七時から十八時の歩数が空白になっていた。
掲示板の行事予定は、一行だけ行間が狭くなり、読み飛ばしたことに誰も気づかない。
学校帰りの子は、門の影を踏んだ瞬間「きょうはもう帰っている気がする」と言い、
玄関のチャイムの前で立ちすくんだといいます。
翌週、町内会は放送設備の点検を行ったそうです。
五時の放送ログは毎日正確に残り、出力も異常なし。
ただ、六時の部分だけ、なぜか記録そのものが存在しなかったそうです。
再生履歴にも、波形データにも、その時間の痕跡は一行も残っていなかったといいます……。
いまもこの町の夕方は二度あります。
暮色が早く訪れる五時と、記録には残らない六時。
どちらの旋律に従うべきかは決められていないそうです。
ただ、六時のほうを耳で追うと、帰り道が少しだけ伸びるのだとか……
その延びた分の時間に、何が起こったのかを記憶している人はいないそうです。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
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