鉄塔に棲むもの

写真怪談

その鉄塔は、町外れの空き地に屹立していた。
夕暮れになると、真っ黒な影となって空を切り裂き、風が吹くたびに高圧線が低く唸る。

──あそこには「誰か」がいる。
昔から子どもたちの間ではそう囁かれていた。

ある若い作業員が、夜間点検のために鉄塔に登ったという。
仲間に無線で「今から昇る」と告げ、ゆっくりと階段を上がっていった。
だが数分後、彼の声は奇妙に変わった。

「……うしろに……」

無線が途切れ、雑音だけが流れた。
すぐに捜索が始まったが、鉄塔の上にも、下にも、彼の姿はなかった。
制服も、ヘルメットも、何ひとつ残されていなかった。

それからだ。
夜になると、この鉄塔から「降りられない足音」が聞こえるようになった。
金属の階段を踏む硬い音が、ずっと、ずっと、同じ段を上下するように続くのだ。
誰が聞いても、登りきることも、降りきることもない。

ある晩、好奇心からそれを確かめに行った男がいた。
彼は真下で耳を澄ませ、確かに金属音を聞いたという。
しかし──音が近づいてくるのに、姿はなかった。
見上げれば、鉄骨の間から覗き込む「影」があった。
真っ黒なシルエットが、鉄塔の上から男を覗いていた。

「おい……そこにいるだろ……」

思わず声をかけた瞬間、影は一気に降りてきた。
足音もなく、風もなく、ただ真っ逆さまに。
鉄骨を突き抜けるように、空気を引き裂くように。

男は叫んだ。だが次に気がついた時、地面に倒れていた。
彼の手は鉄粉にまみれ、耳には焼けつくようなノイズが残っていた。
仲間に揺り起こされたとき、鉄塔には誰もいなかった。

──ただ一つだけ、彼の首の後ろに黒い手形が残っていた。
指は長く、まるで鉄骨を握るために伸びきったもののように。

それ以来、彼は空を見上げることができない。
鉄塔を見るたびに、必ずあの「影」がこちらを覗いているからだ。
誰も信じないが、男は言う。

「あれは……人じゃない。鉄塔そのものに、棲んでいる」

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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