記録と痕跡

写真怪談

午前3時11分発、ゆき先不明

深夜の大都市のバスターミナル、最終便のバスが発車した後の停留所は、ガラス越しの光とエンジンの残響だけが漂っていた。一台のバスが静かに入ってきた。時刻表示は午前3時11分。こんな時間の便など存在しないはずだ。乗降口が開き、中から降りてきたのは、黒いスーツの男。彼は何も言わず、停留所のベンチに腰を下ろすと、じっと目を閉じた。次の瞬間、まるでバスの車内から吹き出すように、同じ顔の人々がぞろぞろと降りてき...
ウラシリ怪談

迎えを待つ椅子

認知症カフェの一角に置かれた“模擬バス停”は、いつも同じ角度で椅子が揃っていたそうです。訪れる人が座っても、立ち去った瞬間には必ず元の向きに戻っていたといいます。ある日、閉店後の防犯カメラに、誰もいないはずのバス停で椅子がゆっくりと回転し、停留所の方角を向く様子が映っていたそうです。映像には、人影のようなものが腰掛ける輪郭も映り、帽子を深くかぶっていたといいます。それから、その椅子に座った利用者は...
ウラシリ怪談

濡れた蓋

雑誌棚の最下段、色褪せた地方観光特集の一頁に、村の下水マンホールの写真が載っていたそうです。灰色の鉄蓋いっぱいに小さな生き物の絵が塗られ、観光客向けに全国へ広がっているといいます。ただ、その村のものは妙でした。人通りのない路地の中央に埋め込まれ、瞳は黒く沈み、光を吸っているように見えたそうです。訪れた撮影者によれば、真夏の快晴にもかかわらず、その蓋の上だけが濡れていたといいます。そこから細い水筋が...
写真怪談

宙に残った影

蔦のからまる古い家の壁に、人影のような黒い形が張り付いていた。毎日同じ位置にあり、誰も近寄らなかった。ある夕方、その影がゆっくりと屋根の縁に手を掛けた。指が動くのがはっきり見えた。翌日、その家は解体され、更地になった。だが、夕方になると空中に同じ影が浮かんでいるのを、何人も見ている。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
ウラシリ怪談

録画しています

鍵を回した音で、廊下の奥の何かが一瞬だけ、ぬるりと動いたように見えたそうです。照明をつけると、リビングの観葉植物が、まるで移動したかのような位置にあったといいます。鉢の底には、薄く擦れたような跡が床に残っていたそうです。それだけであれば気のせいで済んだかもしれません……ですが、冷房のリモコンが勝手に点灯した瞬間、テレビが“無音のまま”起動したそうです。映像は真っ黒で、番組も入力もない状態だったにも...
写真怪談

電線にぶら下がるもの

夕暮れの雲が低く垂れこめ、電線の黒い線が空を裂いていた。その下を歩いていた二人の通行人は、ふと立ち止まった。風もないのに、頭上の一本の電線だけが震えていたからだ。その揺れは徐々に大きくなり、やがて異様な音が混じった。——声だ。それも、電線の内部から漏れてくるような、低く途切れ途切れの囁き。言葉は判別できない。だが、聞いていると自分の名前を呼ばれている気がしたと証言している。次の瞬間、雲の切れ間に光...
写真怪談

交差点の白い顔

あの日の雨は、いつまでも止まなかった。午後十一時を過ぎても交差点は明るく、広告塔の光が濡れた路面を何度も染め直していた。信号が青に変わった瞬間、車列が動き出す。だが、中央の黒いセダンだけが動かなかった。防犯カメラの映像では、運転席に白い顔が見える。輪郭は人間だが、目の位置が異常に高く、口は耳まで裂けていた。窓越しに見える皮膚は、陶器のような質感で細かく割れ、隙間から赤黒い光が脈打つように漏れていた...
ウラシリ怪談

錆びた道の呼び声

春の夕暮れ、下校途中の少女が姿を消したそうです。家まであと数百メートル、道沿いには小さな畑と古いガードレールが並んでいたといいます。その道を通った別の児童が、「誰もいないのに、呼びかける声がした」と話していました。声は風の向きと関係なく、一定の高さで響いていたそうです。近くの住人はそれを「鉄が電波を拾っただけ」と笑ったそうですが、少女が消えた時刻、その声ははっきりと名前を呼んでいたといいます。捜索...
ウラシリ怪談

湖面から這い上がる映像

湖畔を散歩していた人のスマートフォンに、小さな波紋がいくつも浮かび上がる映像が記録されていたそうです。だが、その黒い瘤は、決して一つではなく、静かに連なりを変えながら――あたかも水面に潜む何かが形を借りて泳いでいるようだったといいます。普通なら、水面に影が揺れるくらいでしかないはずの光景が、どこか非現実へと引きずられるような違和感を残していたそうです……その記録の先に、何があったのかは、誰にも確か...
ウラシリ怪談

見返す群れ

ある水槽の前に立った客は、皆、奇妙な共通点を持っていたそうです。ガラス越しの水中で、群れを成す魚たちがぴたりと動きを止め、その人物をじっと見返すのです。魚は人の顔を覚えるといいます。しかし、その日は、初めて来た客にも同じ反応を見せたそうです。まるで、誰を見ても“知っている顔”として迎えているかのようでした。職員が記録用に撮影した映像では、魚の群れが形を変え、人間の顔を正確に描き出していました。しか...
ウラシリ怪談

洞窟に置き去りの袋

洞窟に置き去りにされた色あせた菓子袋から、岩壁と水滴を侵す糸のようなものが伸びていたそうです…
ウラシリ怪談

2:33怪異事件記録

午前二時三十三分──その時刻にだけ現れる“声”と、それに触れた者が残す不可解な痕跡。やがて音は物に宿り、そして映像に滲み出す……これは、三つの記録から成る、ひとつの怪異の連なりです…壱その家に電話が鳴るのは、決まって午前二時三十三分だったそうです。最初は一回だけ、受話器を取っても雑音しか聞こえなかった。だが二度目には、遠くで金属を引きずる音と共に、抑揚のない声が響いたといいます。「この電話は一生動...
ウラシリ怪談

夜明けに濡れる女神像

古い商店街の入口に立つ女神像は、誰も水をかけていないのに、決まって夜明け前だけ濡れていたそうです。濡れているのは胸元から下、まるで誰かに抱き締められた跡のように輪郭を残して……。ある巡回員が深夜に通りかかったとき、水音と一緒に低い笑い声を聞いたといいます。慌てて照らすと、像は乾いていて、足元には濡れた布が丸く置かれていました。それは何かを包んだ跡のある布で、翌朝には跡形もなく消えていたそうです。そ...
ウラシリ怪談

波打ち際の鐘

島の古い鐘楼は、八十年前の爆風で砕け、そのまま放置されていたそうです。だが先月末、夜の海辺にいた漁師が、その鐘の音を聞いたといいます。音は次第に近づき、波打ち際でぴたりと止まったそうです。翌朝、浜には見慣れぬ石片が散らばっており、その一つには、鐘楼に刻まれていたはずの祈りの言葉が刻まれていたそうです。しかし、その文字は刻まれた部分だけが新しく、濡れていなかったといいます……そんな話を聞きました。こ...
写真怪談

影を連れてくる看板

夜の住宅街の角に、木製の子ども看板が立てかけられている。笑顔が貼りつき、目の部分だけが白く抜けている。近所の人は知っている。昼はいつも少し傾いているのに、日が暮れると必ず正面を向く。ある晩、帰宅途中の男がそれを見た。子どもの足が舗道からわずかに浮き、地面には影が二つできていた。翌朝、看板の裏には何もない。影もひとつだけに戻っている。だが路面には小さな靴跡が、交差点の向こうまで続いていた。そこで途切...
ウラシリ怪談

38番目の銘柄

その“投資ファンド”は、起点となる指示をAIに与えただけの簡素な仕組みだったそうです。38の銘柄を、条件に沿ってAIが自動選定し、均等配分で保有。まるで優等生の仮想運用……だが、そこで起きた収益の跳ね方には、金融の理では説明のつかない“異常な挙動”が潜んでいたといいます。誰かがモニターを見る時には、常に数字は穏やかだったそうです。しかし、一人きりで確認した者の中に、“数字がこちらを見返してきた”と...
写真怪談

斜路(しゃろ)の壁

都心の繁華街の片隅に、緩やかな坂道が一本ある。観光客は通らず、地元の人も足早に通り過ぎるだけ。その坂の途中、ある建物の外壁が数年前から不気味な模様で覆われていると噂になっていた。それは、黒地に青と白の抽象画。雲のようなもの、花のようなもの、そして、よく見ると都市の俯瞰図を反転したような断片が組み合わされていた。昼間は明るく、スケートボードの店か何かに見えた。だが、深夜、誰もいない時間帯にその建物を...
写真怪談

窓の底

繁華街の裏手、ひっそりとした通り沿いに建つ三階建てのビル。その外観は無機質で、1階の全面ガラス窓からは事務所のような内部がうかがえた。夜は灯りも落とされ、冷たい反射だけが歩道をなめていたが──この窓が「おかしい」と気づいたのは、地元の大学に通う写真学生だった。彼はある課題のため、建物の夜景を撮り歩いていた。通りかかったそのビルの前でふと立ち止まり、三脚を立てる。だが、シャッターを切った直後、液晶に...