写真怪談

晩酌怪談

最後の一個

祭りの帰り、ふと立ち寄った居酒屋。 皿の上に残った「最後の一個」は、誰が食べたのか。
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白い花の辻

早朝に白い彼岸花を撮影した。ところが写真を確認すると、そこには写るはずのないものが映っていて…
写真怪談

彼岸花の下で待つひと

川沿いに群れ咲く赤い花を見たとき、胸の奥に忘れていた記憶がざわりと動いた…。
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高層の窓に降りてくるもの

高架下から見上げると、白い高層マンションの窓が並んでいた。二十階あたりの窓に、何かが張りついているのが見えた。人影のように見えるが、その高さからは細部など判別できるはずがない。だが確かに、そいつの目は――真下に立つ自分と焦点を合わせていた。慌てて視線を外し、次に見上げたとき、影はもう二十階にはいなかった。代わりに、一階のガラス扉の内側で、まったく同じ姿勢をしてこちらを見ていた。移動した、のではない。ほんの一瞬で、階の違いそのものが飛ばされてしまったように思えた。その直後、上空で窓がわずかに開いた。二十階の窓から吹くはずの風が、なぜか頬を叩き、湿った吐息の匂いを運んできた。距離も時間も無視して、あの影は確実にここにいる。背筋が粟立ち、足がすくむ。ふと視界の端に動きを感じて振り返った。そこには、いくつもの窓から同時に覗き込む、同じ影が並んでいた。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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狐面の飲み方

翌年の夏祭り、私はまたあの通りに足を踏み入れた。雑踏の中に、赤い狐面を被った者がいた。髪は短く、面も顔の上半分を覆うだけの簡素なもの。去年の女とは明らかに別人だった。だが、私には分かってしまった。――あの目が、去年と同じまばたきをしていたからだ。その人物は、手に持ったペットボトルを口元へと運んだ。口は面に覆われていないのだから、何の不自然もないはずだった。けれど、確かに聞こえた。ゴク、ゴク、と液体が流れ込む音が――面の目の穴から響いていたのだ。喉が鳴るたびに、眼窩の奥で何かが蠢き、まるで「人間の飲み方」を真似しているようだった。私は息を呑んだ。あれは人ではなく、人を演じる何かだ。来年、奴らはもっと上手に模倣するだろう。私たちと同じように歩き、笑い、食べ、やがて――区別がつかなくなる。その時、瞬きをするのは、もう「人間の目」だけではないのだ。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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黒雲の下、橋の向こうで待つもの

夜祭の最終日。送り火を控えた河原はすでに立入禁止となり、橋の入り口には監視員たちが列を成して立っていた。「ここから先は入れません」通りかかる人々にそう告げる声が夜気に溶けていく。だが、河原には誰一人いないはずだった。ふと、一人の監視員が違和感を覚える。仲間の足元に並ぶ影の列――そこには人数分より一つ多い影が混じっていたのだ。灯りの位置からすれば、そんなはずはない。「……誰だ?」振り返っても、人影はなかった。だが視線を戻すと、影はすでに形を変え、立入禁止の先へと這い進んでいく。まるで黒い獣が河原に導かれるように。送り火の火がともる前の静寂に、低い唸り声が重なった。水面は人影もないのにざわり、と揺れ、泡立っていた。「入ってはいないはずだ……」そう呟いた瞬間、橋の向こうに立っていた赤い法被の男の姿が、ふっと消えた。――まるで最初から存在しなかったかのように。送り火の煙に誘われるのは、迎えられるべき魂だけではない。河原には今もなお、一つ多い影が紛れ込むのだという。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィク...
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棚に並ぶ記憶

都内のビルの一角、北海道のアンテナショップに入ったときのことだった。ふと目に留まったのは、棚一面に並ぶ袋麺やレトルト食品。そのどれもが、遠い昔を呼び覚ます匂いを放っていた。学生時代、ひとり暮らしを始めてすぐの頃。金もなく、よく食べていたのは、湯切りのお湯をスープにする独特なスタイルの“あのカップ焼きそば”だった。深夜の台所で湯を沸かす音と、アパートの古い壁を伝うような人の気配。そのとき隣室に住んでいた青年が、不意に姿を消したことを、今も鮮やかに思い出す。警察が来て、部屋は封鎖された。理由は聞かされなかった。けれど僕は知っていた。あの夜、壁越しに聞いたすすり泣く声を。麺をすする音に混じって聞こえてきた、誰かの嗚咽を。記憶はそこまでのはずだった。だが目の前の棚に視線を戻すと、あり得ないことが起きていた。商品パッケージの印刷された人物の笑顔が、わずかに揺らめいている。ほんの一瞬、袋の透明窓から覗いたのは、見覚えのある隣人の横顔だった。湯気に濡れた額、そして歪んだ口元。耳元で音がする。袋を揺らすような、乾いた麺が砕...
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鉄塔に棲むもの

その鉄塔は、町外れの空き地に屹立していた。夕暮れになると、真っ黒な影となって空を切り裂き、風が吹くたびに高圧線が低く唸る。──あそこには「誰か」がいる。昔から子どもたちの間ではそう囁かれていた。ある若い作業員が、夜間点検のために鉄塔に登ったという。仲間に無線で「今から昇る」と告げ、ゆっくりと階段を上がっていった。だが数分後、彼の声は奇妙に変わった。「……うしろに……」無線が途切れ、雑音だけが流れた。すぐに捜索が始まったが、鉄塔の上にも、下にも、彼の姿はなかった。制服も、ヘルメットも、何ひとつ残されていなかった。それからだ。夜になると、この鉄塔から「降りられない足音」が聞こえるようになった。金属の階段を踏む硬い音が、ずっと、ずっと、同じ段を上下するように続くのだ。誰が聞いても、登りきることも、降りきることもない。ある晩、好奇心からそれを確かめに行った男がいた。彼は真下で耳を澄ませ、確かに金属音を聞いたという。しかし──音が近づいてくるのに、姿はなかった。見上げれば、鉄骨の間から覗き込む「影」があった。真っ黒な...
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途切れぬ非常階段

女子大の裏にある非常階段は、夜になると時折「おかしな音」を立てるという。カン、カン、と靴の踵のような音が金属を叩く。だが見上げても誰もいない。ある学生が、深夜に研究室から戻る途中、その階段を見上げて凍りついた。最上段に立つ人影が、上の階へと上がっていく。だが、その建物は三階建てで、そこに「上の階」など存在しない。それでも影は、鉄柵の先にあるはずのない段を、踏みしめるように昇り続けていた。恐怖に駆られた学生は逃げ出したが、数日後、彼女は行方不明になった。残されたスマホには、最後に撮影した写真が残っていた。それは暗闇の非常階段を写した一枚。ただしその画像には、階段の上方に「もう一つの階層」が写り込んでおり、そこに背を向けて昇っていく女の姿が鮮明に残されていた。以来、非常階段の踊り場から夜空を見上げると、時折、存在しない「四階」「五階」へと続く階段が闇に浮かび上がるのだという。そこに足を踏み入れてしまった者は、二度と地上に戻らない。まるで、この世とあの世を繋ぐ階段のように。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成...
晩酌怪談

赤提灯の下で笑う影

夜の繁華街を歩いていると、赤提灯の列が異様に目を引いた。その灯りは温かくも見えるが、どこか血のように濃く、近づくほどに胸がざわつく。ある居酒屋の前、提灯の影に妙なものが映っていた。通り過ぎる人々の姿ではない。痩せた腕のような影が、提灯から伸び、通りを行く人の背中を撫でる。気づかれた瞬間、その影はすっと引っ込み、再び紙の灯りに吸い込まれていった。奇妙なのは、通りを歩く客の笑い声だった。影に触れられた者は、必ず足を止め、目の焦点が合わないまま笑い出すのだ。その笑いは、酔いではなく、苦しみに似た響きを持っていた。地元の人によれば、この店の赤提灯は昔から替えてもすぐに焼け焦げる跡が出るという。その跡の形は、いつも「手の指」に似ているそうだ。——赤提灯の下で、誰かが笑っている。だがそれは、客でも店員でもない。灯りそのものが、影を使って人をからかっているのだ。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。(c)TRUNK-STUDIO - 画像素材 PIXTA -
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立入禁止の遷し守(うつしもり)

安全担当だった先輩が教えてくれた。「うちの現場に一本だけ、廃棄できない看板がある。撤去日に必ず“次の工区”へ手配されるやつだ」理由は経費でも再利用でもない。その看板は、貼り出した瞬間から周囲の“境界”を吸い集める。関係者とそれ以外、内と外、許可と不許可——人が毎秒無意識に引いている線が、反射材の網目に絡みとられてゆく。日が暮れると、区画は不自然なまでに“区切れて”しまう。人同士の会話がところどころで途切れ、誰も隣の作業と混ざらなくなる。ミスが起きにくい反面、そこにいたはずの誰かの話も急に続きが思い出せなくなる。撤去のたび、試しにその看板を置いていったことがあったという。翌日から空き地なのに、フェンスがなくても人が“入らない”。近道のはずが、通勤客は必ず遠回りを選ぶ。重機もトラックも、誘導員の合図を受け取り損ねたように、目に見えない線でつまずく。工事は終わっているのに、場所だけが「作業中」をやめない——まるで注意そのものが跡地に固着してしまったみたいに。だから看板は移される。境界を持ち運ぶ容器として、“区切り...
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消えた担ぎ手

夏祭りの熱気に包まれた商店街を、神輿が揺れながら進んでいた。肩を寄せ合い、掛け声を響かせる人々。その群れの中に、一人だけ顔の見えない男が混じっていた。背中には「護」の字が染め抜かれた法被。だがその字は他の布より黒く沈んで、まるで墨がまだ乾いていないかのように滲んでいた。担ぎ手たちは互いに肩を組みながら進んでいたのに、その男の隣だけは不自然な隙間が空き、誰の肩にも触れていなかった。それでも神輿は揺れに合わせて不気味に傾く。担ぎ手の数に合わないほどの重さを、まるで「何か」が押し付けているようだった。やがて交差点に差し掛かると、群衆の中から「あっ」と小さな悲鳴が洩れた。振り返った者たちの視線の先に、「護」の字の法被はもうなかった。ただ、地面に濡れたような跡が残り、それを避けるように人々は足を速めた。祭囃子はそのまま続いたが、誰も声を掛けず、誰も確かめなかった。ただ翌年の祭りでも、同じ場所で必ず神輿は傾き、必ず担ぎ手の一人がその夜、行方不明になるのだという。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクション...
晩酌怪談

座るはずのない客 ― カウンターの常連

唐揚げをつまみ、ビールを飲み、何気なく撮った一枚。仕事帰りのありふれた光景のはずだった。だが写真を見返すと、卓上に奇妙な「濡れた手の跡」が浮かんでいた。油染みでも水滴でもない。人間の掌の形をした痕が、唐揚げの皿にかぶさるように残っている。気味が悪くなり、店主に尋ねた。「この席、何かあったんですか?」店主は一瞬口ごもり、灰皿を拭きながら言った。「……知ってる人は知ってるんですがね。ここ、ひとりで飲んでる人が必ず“もう一人分”頼んじゃうんです」思い返すと、自分もその夜、唐揚げを二人前頼んでいた。腹が減っていたせいだと納得していたが、食べ終えた皿の数がどうも合わなかった。さらに話を聞くと、常連の間では噂があるという。「この席には“座るはずのない客”が一緒にいる。だから料理が増えたり、箸がずれたりするんです」証拠を求めて再び写真を見直すと、別の異常に気づいた。グラスの影が二つある。だが机に置かれていたのは一つだけだった。鳥肌が立ち、慌てて写真を閉じた。それ以来、あの居酒屋に行くたび、必ず同じことが起きる。注文した覚...
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夏を終わらせない街

青空の下に広がる街並みは、確かに見覚えのある景色のはずだった──ただし、二十年前に失われたはずの風景を含めて。
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片道切符の白昼夢

八月の終わり、蒸し暑い駅構内で私は切符を買おうとしていた。緑色の機械の前に立つと、背後のざわめきが一瞬、すっと消えた。耳鳴りのような静寂の中、液晶画面に映ったのは、目的地の一覧ではなく、見覚えのない「夏の日」という行き先だった。冗談かと思い、もう一度ボタンを押す。だが画面は変わらない。「夏の日──片道切符」ふざけた表示のはずなのに、なぜか胸の奥をつかまれるように惹かれて、私は購入を押してしまった。切符が出てくる音はしなかった。代わりにスピーカーから、蝉の鳴き声が響いた。周囲を振り返ると、改札を行き交う人々の姿がどこにもない。照明に照らされた白い床だけが広がり、真昼の蝉時雨だけが響いていた。ふと気づくと、機械の前に自分と同じ服を着た「誰か」が立っている。背中越しに見えるはずの顔が、こちらを振り返ろうとして──その瞬間、視界が暗転した。気がつくと再び喧騒の駅構内。切符を握る自分の手は空っぽで、さっき見た「夏の日」の行き先も画面にはなかった。ただ、胸ポケットに砂の粒がひとつ入り込んでいて、なぜか湿った潮の匂いが微...
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両替機の裏口

深夜の駅構内、人気のないロッカー横に一台の両替機が佇んでいた。旅先で小銭を必要とした青年は、迷わず千円札を差し込む。機械は規則正しく唸り、硬貨が落ちるはずの口から──何も出てこなかった。不審に思いながらも覗き込むと、空洞の奥にもう一枚の札が見えた。拾おうと指を伸ばした瞬間、隙間が吸い込むように広がり、青年は腕ごと引き込まれた。気がつくと彼は、同じ駅構内に立っていた。だが照明は古び、壁に貼られたポスターは何十年も前の日付。通りすがる人々はモノクロの影のようで、誰も彼に気づかない。慌てて両替機を探し、もう一度千円札を差し込むと、今度はきちんと硬貨が出てきた。安堵した青年は硬貨を掴んで振り返る──そこは確かに現代の駅で、先ほどまでの異界は影も形もない。ただ、手にした硬貨はどれも旧硬貨で、すでに使用が終わったはずのものばかりだった。そしてポケットを探ると、残っているはずの千円札が一枚もない。奇妙なことに、両替したはずの硬貨は数日後、どれも忽然と消えていた。まるで現実に存在していなかったかのように。青年は気づく──本...
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止まらないエスカレーター

その駅のエスカレーターには、奇妙な特徴がある。乗れば必ず下に降りていくはずなのに、いつまでも地上階にたどり着かない、という。初めて体験したのは、会社帰りの夜だった。疲れていたせいか、足が勝手にそのエスカレーターに吸い寄せられるように乗ってしまった。動き出した段階では確かに「下へ向かっている」と思った。だが、数段降りても景色は変わらない。壁の色も、横にある注意書きも、ずっと同じ場所にあるように見えるのだ。何度か手すりから降りようと身を傾けても、足元は止まることなく階段を滑り続ける。体は確かに動いているのに、空間の方が変化を拒んでいるようだった。恐怖というより、ただ時間の感覚がなくなる不思議さに包まれていた。どれほど経ったのか分からない。ふと気づくと、自分は改札口の前に立っていた。後から思えば、「降りた」という記憶は一切ない。ただ、いつの間にか移動が終わっていたのだ。以来、その駅を使うたびに、あのエスカレーターの前で立ち止まってしまう。次に乗ったら、今度は戻ってこれないのではないか――そんな予感に縛られながら。...
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喰声の鯱

この街に残る古い瓦屋根には、必ず黒い鯱しゃちほこが据えられている。それは「火除け」と呼ばれてきたが、本当は——人を喰らわせるためのものだった。江戸の頃、度重なる火事で町は焼け落ち、住民たちは「火の神」を鎮めようと生贄を差し出した。選ばれた者は屋根の鯱に向かって立たされ、その声を一滴残らず吸い尽くされるのだという。声を奪われた者は、呻き声すら出せぬまま干からび、やがて鯱の口に呑み込まれた。いまもその記憶は消えていない。夜更け、通りを歩くと鯱の口から赤黒い滴が落ちることがある。近寄れば、それは「声の残滓」であった。舌のような塊が痙攣しながら蠢き、血の泡を弾けさせて消えてゆく。それを見てしまった者は、間違いなく次の贄となる。足元から黒水が這い上がり、喉に絡みつき、内側から声を引き裂くように奪い去る。やがて悲鳴すら出ないまま目玉が白濁し、全身が萎びていく。翌朝、人影のない道に立って見上げれば、鯱の鱗に赤黒い染みが一つ増えている。それが消えるまで、数日は雨が降らないのだという。町の古老は今も言う。「鯱の口を見てはいか...