写真怪談

写真怪談

止まらないエスカレーター

その駅のエスカレーターには、奇妙な特徴がある。乗れば必ず下に降りていくはずなのに、いつまでも地上階にたどり着かない、という。初めて体験したのは、会社帰りの夜だった。疲れていたせいか、足が勝手にそのエスカレーターに吸い寄せられるように乗ってし...
写真怪談

両替機の裏口

深夜の駅構内、人気のないロッカー横に一台の両替機が佇んでいた。旅先で小銭を必要とした青年は、迷わず千円札を差し込む。機械は規則正しく唸り、硬貨が落ちるはずの口から──何も出てこなかった。不審に思いながらも覗き込むと、空洞の奥にもう一枚の札が...
写真怪談

夏を終わらせない街

高層マンションのベランダから街を見下ろしていた。真夏の青空、建物の屋根に照りつける陽光。眩しいはずの光景なのに、なぜか視線が離せなかった。そこに広がっている街並みは、確かに自分が暮らしてきた場所だった。だが、あるはずのスーパーの看板がない。...
写真怪談

立入禁止の遷し守(うつしもり)

安全担当だった先輩が教えてくれた。「うちの現場に一本だけ、廃棄できない看板がある。撤去日に必ず“次の工区”へ手配されるやつだ」理由は経費でも再利用でもない。その看板は、貼り出した瞬間から周囲の“境界”を吸い集める。関係者とそれ以外、内と外、...
写真怪談

路地裏の声

夜の仕込みを終えた帰り道、店の裏口から路地に出ると、青いゴミ桶が三つ並んでいた。昼間は何の変哲もないはずのそれが、今夜は妙に膨らんでいる。袋越しに透ける中身は、新聞紙や生ごみの他に、布切れのようなものが見えた。足を止めた瞬間、奥のゴミ桶が、...
写真怪談

赤い月を結ぶ指

その夜、ふと見上げた月は血のように赤く、電線に縫い止められているように見えた。不思議と視線を逸らせず、じっと見続けているうちに気づいた。電線が震えている。風のせいだと思ったが、夜気は凪いでいた。よく見ると、一本の線の結び目に、白く細い指が絡...
写真怪談

消えた担ぎ手

夏祭りの熱気に包まれた商店街を、神輿が揺れながら進んでいた。肩を寄せ合い、掛け声を響かせる人々。その群れの中に、一人だけ顔の見えない男が混じっていた。背中には「護」の字が染め抜かれた法被。だがその字は他の布より黒く沈んで、まるで墨がまだ乾い...
晩酌怪談

座るはずのない客 ― カウンターの常連

唐揚げをつまみ、ビールを飲み、何気なく撮った一枚。仕事帰りのありふれた光景のはずだった。だが写真を見返すと、卓上に奇妙な「濡れた手の跡」が浮かんでいた。油染みでも水滴でもない。人間の掌の形をした痕が、唐揚げの皿にかぶさるように残っている。気...
写真怪談

草に隠れた三番線

夏草に覆われた無人駅。ホームの番号札「3」だけが、今もまっすぐ立っている。だが、この駅に三番線は存在しない。線路は二本しかなく、地図にも三番線の記録はないのだ。夕暮れ時、旅人がその「3」の標識を見上げていると、不意に風景が歪んだ。草がざわめ...
写真怪談

苔むす隙間から覗くもの

庭の隅に積み上げられた古いブロック。雨に打たれ、苔に覆われ、誰も気にも留めなくなったその塊を、ある夜ふと見てしまった。――苔の奥で、何かが瞬いた。まるで目のように、じっとこちらを窺っていたのだ。翌日、確かめようと近づいてみると、ブロックの隙...
写真怪談

フックは引き返さない

夜の車庫は、いつも音がない。舗装の隙間に草が生え、壁には錆が広がり、それでも点検記録だけはきちんと並んでいる。どれだけ年月が過ぎても、使われていない車両のエンジンには、毎月一度、点検の朱印が押されていた。その車両もそうだった。型式の古いレッ...
写真怪談

斜路(しゃろ)の壁

都心の繁華街の片隅に、緩やかな坂道が一本ある。観光客は通らず、地元の人も足早に通り過ぎるだけ。その坂の途中、ある建物の外壁が数年前から不気味な模様で覆われていると噂になっていた。それは、黒地に青と白の抽象画。雲のようなもの、花のようなもの、...
晩酌怪談

壁に染みる声

居酒屋のカウンターに腰を下ろし、瓶ビールを注文した。料理が運ばれ、グラスを傾けながらふと壁に視線をやると、妙なことに気づいた。白い漆喰の壁に、なぜか濡れたような染みが浮かんでいる。ただの水跡に見えるのに、じっと眺めていると輪郭が人の横顔のよ...
写真怪談

鉄骨の声

「なんであんな場所で遊んだのか、未だにわからないんだ」そう語るのは、都内で働く30代の男性・翔太だ。彼は10年前、学生時代の仲間とともに、とある廃墟を探索したという。それは、都市開発が途中で止まった再開発地区の端にぽつんと残っていた、白壁の...
写真怪談

宙に残った影

蔦のからまる古い家の壁に、人影のような黒い形が張り付いていた。毎日同じ位置にあり、誰も近寄らなかった。ある夕方、その影がゆっくりと屋根の縁に手を掛けた。指が動くのがはっきり見えた。翌日、その家は解体され、更地になった。だが、夕方になると空中...
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影を連れてくる看板

夜の住宅街の角に、それは立てかけられていました。木製の、笑顔を貼り付けた子供の形。路地の暗がりに溶けるような塗装で、目だけが白く抜けています。近くに住む人は言います。あの看板、昼間は必ず少し傾いているのに、日が暮れると真っ直ぐこちらを向くの...
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裏路地に消える台車

昼下がりの飲食街。仕込みを終えた料理人二人が、台車を押して裏路地を歩いていた。白衣の背中に、午後の陽が滲む。ところが、その台車には何も載っていない。空のまま、軋むような音を立てて進んでいくのだ。「……なんか重くねぇか」片方がそう呟いた。もう...
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壁の奥から来る女

商店街の裏路地、壁一面に描かれた西洋の街並みの絵。色褪せながらも遠近感が見事で、通りすがりの人は思わず足を止めてしまう。ある夜、飲み会帰りの私は、その壁の前でバイクを止め、タバコを吸っていた。煙越しに壁を見ると、絵の中の通りを白い服の女がこ...