写真怪談

写真怪談

富士を結ぶ糸

雲が晴れた午後、電線が富士の白に触れた瞬間、町じゅうの「もしもし」が上空へ吸い上げられた——私の声も、たぶん今あの線の上にある。
晩酌怪談

もう一杯の席

泡が落ち着くたび、向かいの席が重くなる。減ったはずのきゅうりと、乾かない二重の輪——今夜も、誰かが「もう一杯」だけ飲みに来る。
晩酌怪談

二倍の氷が鳴る席

氷だけが先に出てくる、誰も座らない席。二拍ずつ鳴る音の正体を見た夜、ジョッキの内側にこちらを覗く“目”があった。
晩酌怪談

笑い顔の角度

「笑い顔が合う角度」を探して近づいてくる夜の席。ずれた“もう一人の笑い”が、あなたの乾杯の拍を待っている。
写真怪談

根の帳面(ねのちょうめん)

割れた塀の“中”は、夜になると数を数える——黄葉の枚数と人の数が揃った朝、町は静かにひとりぶん軽くなる。
写真怪談

風の名簿

墓地の棕櫚は、風が吹くたびに“名簿”をめくる。呼び出し音のない着信は、今晩、誰に届くのか——。
写真怪談

帰り火の外灯

夕暮れ前から点る、庭の皿灯。傘に映った“顔”は、家の中ではなく、外のどこかへ帰ろうとしていた——。
写真怪談

地脈の指音(しおん)

掘っても掘っても何も出ないのに、音だけが続いた。翌朝、音の中心が移った場所に立つと、足の裏が……。
写真怪談

分別できないもの

この町では、赤は怒り、緑は後悔、青は声──感情も分別する決まりだという。間違えると、放送で名指しされる。ある朝、私は“冷めていない”ものを捨ててしまった。
写真怪談

裏口の坊やは、膝をついたまま

表で人を止める坊やは、裏で人を引き戻す──金属ブラシが描く円弧の意味に気づいた夜、私は視線を上げられなくなった。
写真怪談

青天に刺さった機影

渋谷の空に、針の先のような機影が“止まった”。動かすたびに何かが抜け落ちる――あなたの街で起きる、静かな消失の話。
晩酌怪談

瓶の数え方

毎朝、瓶を数え、同じ三人の足音で時刻を知る——ある朝、一本だけ増えた。数が合った翌日、路地は静かなままだ。
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三角の舌

白線が合流する三角だけは、誰も踏まない。ある朝、一歩だけ遅れた足音が、私の時間を舐めはじめた。
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角度だけが追ってくる

無風なのに、アンテナの“角度”だけが私を追ってくる。意味のない受信の先に写っていたものは——。
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専用の歩幅

雨上がりの明け方、住宅地の自転車レーンだけが毎朝わずかに光を溜めている。通るたび、路面の白が歩幅の前に先回りし、いつもの道順が静かに書き換えられていく。
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灯の巣

葉がいっせいに同じ方向を向いた夜がある。瞬間、街灯の白は一度だけ弱くなった——写真を拡大しなければよかったと気づくのは、いつも少し遅い。
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蛇腹門の可動域

外灯の下、一本多い“影の格子”が、あなたの歩幅に合わせて動きだす。住宅地の折りたたみ門に棲むものと目が合った夜の話。
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穴あきの人

父の四十九日が過ぎ、裏庭の鉢を片づけはじめた。数えるほど、別の数がどこかで増えていく気がした。