土地と風習

土地に根づいた風習や人々の営みを題材にした怪談を集めています。

風景や祭礼の記録に紛れ込む、説明のつかない歪みが物語となり、古い土地の記憶と共鳴するのかもしれません……。

晩酌怪談

縄暖簾(なわのれん)の五番目

仕事帰り、同僚に呼ばれて店の前まで来た。赤と青の提灯がぬるい風に鳴り、ガラス戸の内側ではビールケースを積んだベンチに人が詰めて座っている。私は入り口の縄暖簾を撮ってから、手で割って中へ入った。縄は指先に冷たく、雨でもないのにじっとり濡れてい...
写真怪談

風鈴の底に閉じ込められた夏

風鈴は、風が鳴らすものだと思っていた。けれどこの街の骨董市で見つけた風鈴は、違った。透き通る硝子の中には、小さな魚のような形の気泡が浮かんでいる。覗き込むと、その魚がわずかに尾を振っているように見えた。風に揺れると、澄んだ音が響く――しかし...
写真怪談

喰声の鯱

この街に残る古い瓦屋根には、必ず黒い鯱しゃちほこが据えられている。それは「火除け」と呼ばれてきたが、本当は——人を喰らわせるためのものだった。江戸の頃、度重なる火事で町は焼け落ち、住民たちは「火の神」を鎮めようと生贄を差し出した。選ばれた者...
【ウラシリ】怪談

一斉に瞬くもの

最初に違和感があったのは、電柱の根元に“黒い箱”がぶら下がっていたことでした。誰が設置したのか不明のまま、それは次々と数を増やし、やがて近隣の電柱すべてに同じものが揃っていたといいます。小窓付きで番号が振られていたため、キーボックスだろうと...
写真怪談

ガラスの外にいる

駅ビル地下の階段で、事故があったという話を聞いた。だが警備記録にも報道にも何も残っていない。ただ、監視カメラの記録だけが毎月更新されていない。なぜなら、その地点だけ、映像に異常が出るのだという。ガラス壁の向こうにいるはずの人物が、時折“中か...
写真怪談

立入禁止の遷し守(うつしもり)

安全担当だった先輩が教えてくれた。「うちの現場に一本だけ、廃棄できない看板がある。撤去日に必ず“次の工区”へ手配されるやつだ」理由は経費でも再利用でもない。その看板は、貼り出した瞬間から周囲の“境界”を吸い集める。関係者とそれ以外、内と外、...
写真怪談

消えた担ぎ手

夏祭りの熱気に包まれた商店街を、神輿が揺れながら進んでいた。肩を寄せ合い、掛け声を響かせる人々。その群れの中に、一人だけ顔の見えない男が混じっていた。背中には「護」の字が染め抜かれた法被。だがその字は他の布より黒く沈んで、まるで墨がまだ乾い...
写真怪談

苔むす隙間から覗くもの

庭の隅に積み上げられた古いブロック。雨に打たれ、苔に覆われ、誰も気にも留めなくなったその塊を、ある夜ふと見てしまった。――苔の奥で、何かが瞬いた。まるで目のように、じっとこちらを窺っていたのだ。翌日、確かめようと近づいてみると、ブロックの隙...
【ウラシリ】怪談

記録されなかった声

ある夜、月面探査機が着陸を試みていたそうです。地球との通信は安定し、多くの人々がその瞬間を見守っていたといいます。けれど、着陸予定の数秒前、突如として通信は途絶えました。原因は不明のまま、技術者たちは手がかりすら得られなかったそうです。数時...
【ウラシリ】怪談

写された街

写真を一枚だけ送ってきた知人がいました。景色は平凡で、地方の国道沿いにあるどこにでもある商業地のようでした。しかし、数日後、その知人が行方不明になったそうです。彼の位置を探るため、画像解析に長けた人物が、その写真をAIにかけました。すると、...
【ウラシリ】怪談

波打ち際の鐘

島の古い鐘楼は、八十年前の爆風で砕け、そのまま放置されていたそうです。だが先月末、夜の海辺にいた漁師が、その鐘の音を聞いたといいます。音は次第に近づき、波打ち際でぴたりと止まったそうです。翌朝、浜には見慣れぬ石片が散らばっており、その一つに...
【ウラシリ】怪談

夜明けに濡れる女神像

古い商店街の入口に立つ女神像は、誰も水をかけていないのに、決まって夜明け前だけ濡れていたそうです。濡れているのは胸元から下、まるで誰かに抱き締められた跡のように輪郭を残して……。ある巡回員が深夜に通りかかったとき、水音と一緒に低い笑い声を聞...
【ウラシリ】怪談

影を映す田の板

田んぼに立てられた縦型のソーラーパネルは、昼はただ静かに陽を受けていたそうです。しかし夜になると、黒い板が水面に影を落とし、その影が人の姿のように揺れたといいます……。農作業を終えた者がふと振り返ると、パネルの向きがわずかに変わっていたそう...
写真怪談

水底に立つ森

湖の水面は不思議なほど静まり返っていた。風が吹いてもさざ波は立たず、ただ枯れ木だけが水中から真っ直ぐに伸びている。観光客が「美しい」と口にするその風景を、地元の古老は決して褒めなかった。「ここは森が沈んだ場所だ。木々はまだ立っておるが、根は...
写真怪談

錆びた籠の中の囁き

庭の片隅に吊るされた、錆びの浮いた透かし彫りの鉄籠。その形は紅葉の葉を模しているが、じっと見つめていると葉の隙間から「目」がこちらを覗いているように思えた。ある夜、風もないのに鉄籠がわずかに揺れた。中から小さな声が漏れ出す。囁き声のようでも...
写真怪談

寄せ木の中に

ある地方都市で起きた、奇妙な行方不明事件の記録がある。場所は、公園裏の資材置き場。古い楠(くすのき)の大木が何本も切り倒され、山のように積まれていた。梅雨前の草木が生い茂り、ほとんど誰も近づかない一角だった。失踪したのは、中学生の男子──裕...
【ウラシリ】怪談

波形の足跡

ある沿岸の町で、鹿の群れが海辺に佇んでいたそうです。それは、あの日の大きな地震の数時間前のことでした。四頭の鹿が海に背を向け、じっと波の音を聞いていたといいます。その後、遠く離れた沖合で強い揺れが起き、津波警報が出されました。翌朝には、鹿た...