水面

写真怪談

水面の境界を釣る人

湾岸の物流センターの裏手、木のそばにいつも同じ釣り人が立っている──そう気づいた日から、海の上に一本だけ“揺れない線”が見えるようになった。そこからゆっくり手繰り寄せられていたのは、魚ではなく、誰かの立つ場所だったのかもしれない。
写真怪談

対岸の点呼

対岸の窓が人数を数え始めたとき、足元の水が階段になった。最後のひとつにされる前に、私は段を崩した——。
写真怪談

水底に立つ森

湖の水面は不思議なほど静まり返っていた。風が吹いてもさざ波は立たず、ただ枯れ木だけが水中から真っ直ぐに伸びている。観光客が「美しい」と口にするその風景を、地元の古老は決して褒めなかった。「ここは森が沈んだ場所だ。木々はまだ立っておるが、根は水底に囚われている」ある若者が夜に訪れ、湖畔で眠ってしまった。目を覚ますと、胸の奥が重く冷たく、息がしづらい。見渡すと、湖に映る木々の影が本物の幹と違うことに気...
写真怪談

水面の向こうから

雨上がりの夕暮れ、路地の角に大きな水たまりが残っていた。その水面には、白い道路標示と赤いポール、そして空を覆う木々の枝葉が鮮明に映っている。だが、ひとつだけおかしなものがあった。──標識の下に、人影が立っている。その影は、実際の道路には見当たらない。水面の中だけに、じっと佇んでいた。頭からすっぽりとフードをかぶり、顔は濃い影に沈んでいる。ただ、肩から腰にかけて、細く長い腕がぶら下がり、水面の奥へと...
写真怪談

窓の底

繁華街の裏手、ひっそりとした通り沿いに建つ三階建てのビル。その外観は無機質で、1階の全面ガラス窓からは事務所のような内部がうかがえた。夜は灯りも落とされ、冷たい反射だけが歩道をなめていたが──この窓が「おかしい」と気づいたのは、地元の大学に通う写真学生だった。彼はある課題のため、建物の夜景を撮り歩いていた。通りかかったそのビルの前でふと立ち止まり、三脚を立てる。だが、シャッターを切った直後、液晶に...
ウラシリ怪談

曇る水面の輪郭

佃島の佃煮店では、朝の仕込み中、湯気に包まれた厨房で、父子が無言のまま鍋を撹拌していたそうです。若い職人は、店に入ってからというもの、調理中に“背後で誰かが真似をするような音”を感じるようになったといいます。誰もいないはずの調理場の隅から、鍋をかき混ぜる金属音が、ほぼ同時に重なるように響いてきたそうです。ある朝、父親が不意にしゃがみこんだ時、音が一拍だけ“ひとりでに”続いたといいます。職人はその日...