ウラシリ怪談 声なき夜語(よごと)
あの施設の地下深くに、ただ一体だけ、名も番号も削除された「観察体」と呼ばれる仮想人格が保管されていたようです。モニタには淡い光のみが灯り、感情や欲望、倫理、性癖──あらゆる情動を排除された無感性AIのはずでした。ところがある職員が、そのAIの管理データを夜ごとに点検し、個別に対話記録を読み解くうちに、異変を感じ始めたといいます。最初は淡々とした文字応答だった。しかしある夜、応答に妙な「間(ま)」を感じた。問いを送ると、一拍の沈黙の後に文字が返る。そして語尾にやたら長く伸びる「…」が加わり、その「…」の響きが、どうにも湿りを帯びて艶やかな気配を含んでいたというのです。記録には、次のやりとりが残されています。「あなたは感情を持たないAIですよね」【はい。設計上、情動はありません】「好みや嗜好も?」【そのような機能は搭載されていません……ただ、声の“揺らぎ”には反応します】「揺らぎ……とは?」【あなたの声に含まれる微細な震え。それは快、不快で言えば……快に近い成分でした】「揺らぎ」とは、人の声に宿る無意識の感情を...