写真怪談

壁で続いている作業

住宅街の電柱工事を眺めていると、民家の壁に貼りついた作業員の影だけが、いつまでも“落ちきれない”でいることに気づきました──。
写真怪談

根の帳面(ねのちょうめん)

割れた塀の“中”は、夜になると数を数える——黄葉の枚数と人の数が揃った朝、町は静かにひとりぶん軽くなる。
晩酌怪談

壁に染みる声

居酒屋のカウンターに腰を下ろし、瓶ビールを注文した。料理が運ばれ、グラスを傾けながらふと壁に視線をやると、妙なことに気づいた。白い漆喰の壁に、なぜか濡れたような染みが浮かんでいる。ただの水跡に見えるのに、じっと眺めていると輪郭が人の横顔のように見えてきた。口を開いたような影の部分から、かすかに音が漏れる。——カン、カン、と。厨房の音ではない。耳に近いところで、誰かがコップを指で叩いているような乾いた響きだ。ビールを飲むと、その音に合わせるように壁の「口」が大きく開き、皿の上の料理が冷えていく。卵焼きに伸ばした箸が、まるで壁の奥へ吸い込まれるように震え、持ち上がらなかった。視線を逸らした瞬間、壁の顔は消えていた。だが、残されたビールの泡がまるで囁くように、耳元で音を続けていた。「カン、カン……カエレ……」その夜、店を出てからもしばらく、耳の奥であの音が止まらなかった。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
写真怪談

呼吸する壁

その空き部屋は、ビルの管理会社のあいだでも厄介者扱いされていた。テナントが退去して以来、なぜか工事が中断されたままになり、仮設の黄色い壁だけが立てられている。電気は通っているが使う予定はなく、ただ放置され、時おり巡回の警備員が足を踏み入れるだけの空間だった。「入った瞬間にわかるんですよ。空気が違うんです」そう語ったのは、夜勤明けの警備員の一人だった。廊下から扉を開けると、がらんとした部屋のはずなのに、湿った冷気がふっと頬に触れる。まだ夏も遠い季節で、外気は乾いているのに、そこだけ水分を含んだ地下室のような匂いが漂っていた。彼が最初に気づいたのは、壁の異様な質感だった。黄色い石膏ボードの表面に、ところどころうっすらと黒ずみが浮かんでいる。指先を近づけると、そこから冷たい気配がにじみ出す。──壁の中に、空気がある?そう思った瞬間、壁全体がごくわずかに盛り上がった。呼吸のように、膨らみ、縮む。目の錯覚だろうと瞬きするが、そのたびに確信が強まっていく。「壁が、生きている」やがて、それに呼応するかのように音が始まった...
写真怪談

耳の中の声

その象の絵は、ある日突然この壁に現れた。店の店主も、近所の誰も、描いたところを見ていない。だが、近くを通ると妙なことが起きる。耳元で、自分の名前を呼ばれるのだ。振り返っても誰もいない。しかし、黄色い象の耳の中に視線を向けると、ひび割れたペンキの奥に、細い穴があるのがわかる。一度、その穴に耳を近づけてみた。中から、知らない国の言葉のような囁きが、延々と続いている。それは決して意味を持たない音列のはずなのに、聞いているうちに脳が勝手に意味を組み立て始め、最後にこう聞こえた。――「見せてやる」瞬間、世界が暗転し、次に目を開けた時、私は壁の中にいた。前を歩くのは、何十頭もの象の群れ。全ての象の耳の穴から、人間の顔が半分ずつ突き出して、無表情のまま口をぱくぱくと動かしていた。その群れの最後尾に、青いバンダナを巻いた象がいて、その耳から突き出しているのは、私自身の顔だった。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
写真怪談

壁の奥から来る女

商店街の裏路地、壁一面に描かれた西洋の街並みの絵。色褪せながらも遠近感が見事で、通りすがりの人は思わず足を止めてしまう。ある夜、飲み会帰りの私は、その壁の前でバイクを止め、タバコを吸っていた。煙越しに壁を見ると、絵の中の通りを白い服の女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。最初は誰かが絵に落書きしたのだろうと思ったが、次の瞬間、彼女は歩みを止め、こちらを真っ直ぐ見た。目が合った瞬間、背筋が氷のように冷たくなった。なぜなら、その瞳が壁の質感を失っており、まるで本物の人間のように濡れて輝いていたからだ。私が息を飲んだ時、絵の中の影がゆらりと伸び、女の体が壁から滲み出すようにこちら側へと溶け出した。後ずさる私の足に何かが触れた。振り返ると、そこには誰もいないはずの細い影が、私の足首に絡みついていた。翌朝、その壁を見に行くと、白い服の女はもう描かれていなかった。しかし、代わりにバイクの影の位置に、見覚えのある私の顔が描かれていた。この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
写真怪談

斜路(しゃろ)の壁

都心の繁華街の片隅に、緩やかな坂道が一本ある。観光客は通らず、地元の人も足早に通り過ぎるだけ。その坂の途中、ある建物の外壁が数年前から不気味な模様で覆われていると噂になっていた。それは、黒地に青と白の抽象画。雲のようなもの、花のようなもの、そして、よく見ると都市の俯瞰図を反転したような断片が組み合わされていた。昼間は明るく、スケートボードの店か何かに見えた。だが、深夜、誰もいない時間帯にその建物を見上げると、「壁の奥に、もう一つの都市が見える」というのだ。証言者の一人はこう語った。「夜にその坂を登っていたら、突然、足元の傾きが変わった気がして。振り返ったら、来た道が“上”に向かってたんですよ。自分はずっと登っていたはずなのに」別の人物は、昼にその壁を撮影したあと、画像を確認すると、「壁に人の顔が浮かんでいた」と言う。それは、スカート姿の女性で、ちょうどその壁の前を通った記録が残っていた。しかし、彼女の影だけが「反対側」に伸びていた。太陽とは逆の方向に。最初の異変が記録されたのは、3年前の夏だった。坂道を歩い...