片道切符の白昼夢

写真怪談

八月の終わり、蒸し暑い駅構内で私は切符を買おうとしていた。
緑色の機械の前に立つと、背後のざわめきが一瞬、すっと消えた。耳鳴りのような静寂の中、液晶画面に映ったのは、目的地の一覧ではなく、見覚えのない「夏の日」という行き先だった。

冗談かと思い、もう一度ボタンを押す。だが画面は変わらない。「夏の日──片道切符」
ふざけた表示のはずなのに、なぜか胸の奥をつかまれるように惹かれて、私は購入を押してしまった。

切符が出てくる音はしなかった。代わりにスピーカーから、蝉の鳴き声が響いた。周囲を振り返ると、改札を行き交う人々の姿がどこにもない。照明に照らされた白い床だけが広がり、真昼の蝉時雨だけが響いていた。

ふと気づくと、機械の前に自分と同じ服を着た「誰か」が立っている。背中越しに見えるはずの顔が、こちらを振り返ろうとして──その瞬間、視界が暗転した。

気がつくと再び喧騒の駅構内。切符を握る自分の手は空っぽで、さっき見た「夏の日」の行き先も画面にはなかった。
ただ、胸ポケットに砂の粒がひとつ入り込んでいて、なぜか湿った潮の匂いが微かに残っていた。

あの切符を押した瞬間、私はほんの僅かの間だけ、終わりきらない夏に取り残されていたのかもしれない。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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