廊下に残る三本指の跡

【ウラシリ】怪談

管理掲示板に「共用廊下への私物放置はご遠慮ください」と追加の紙が貼られた日から、廊下の隅に置かれた物の向きが、朝だけ少しずつ変わったそうです。
折りたたみ椅子は壁に背を向け、傘立ては手すり側へ寄り、空の段ボールは開口部が各戸の表札の方を向いた……そんな具合だったといいます。

深夜、見回りに出た清掃員は、床のタイルに水の輪染みが数珠つなぎに残っているのを見たそうです。
人の足跡ではなく、プラスチックの脚や台車の車輪が押した痕のようで、輪は各戸の前で必ず一度だけ止まり、次の戸口へ進んでいたといいます。

ある晩、監視カメラに廊下の全景が映っていたそうです。
二時を回っても誰も通らず、映像は静止画のように変化がないのに、翌朝には廊下一面の物が等間隔で並び、全ての戸口の前に一つずつ配置されていた……そんな報告が残っているそうです。
置かれた物と戸口の隙間はぴたりと同じで、メジャーで測った管理人は「どの家も指三本ぶん」と記録したといいます。

その頃から、玄関前の足拭きマットに、見知らぬ家具の脚の跡が薄く残る家が増えたそうです。
跡は朝になると消えましたが、消えた場所の床だけが明るく、そこだけ新しい床材に変わったように見えたといいます。
数日おきに「置かないでください」という貼り紙が増え、貼られた紙の四隅には小さな穴が空き、まるで何度も画鋲で留め直したような痕が現れたそうです。

やがて管理組合が一斉撤去を行い、廊下は空になったといいます。
ところが翌朝、空であるはずの廊下に、直方体の明るい“跡”が玄関ごとに一つずつ並んでいたそうです。
何も置かれていないのに、そこだけ歩くと足音が鈍く、スーツケースのような重みが床下に沈んでいる感じがした……そんな証言が複数あったと記録されています。

最後にその“跡”が集まったのは、ずっと空き室だった扉の前だったそうです。
午前四時、誰も押していないのにエレベーターがその階で止まり、廊下に小さく風が通ったといいます。
以後、物は置かれず、跡も薄れましたが、点検のたびに、管理人は同じ場所に指三本ぶんの空気の固さを感じると話しているそうです……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

マンションの共有スペースでのトラブル調査「1位は私物が置かれている」

【マンションの共有スペースでのトラブルランキング】男女270人アンケート調査

 

タイトルとURLをコピーしました