白昼、風が連れてきた声

写真怪談

真夏の午後、照りつける日差しを避けるように、私は堤防沿いの道を歩いていた。
視界の向こうまで続く青空に、白い雲がゆっくりと形を変えながら流れていく。
道の脇にはベンチが並び、誰もいないその座席は、まるで見えない誰かが座るのを待っているようだった。

ふと、二つ目のベンチのあたりで風が変わった。
熱気を含んだ空気の中に、妙に冷たい流れが混じり、それが私の耳元で囁くように通り過ぎた。
声のようにも聞こえたが、言葉は判然としない。
ただ、どうしても「こっちへ来い」と言われた気がしてならなかった。

足を止め、ベンチの方へ顔を向けた瞬間、強烈な既視感が胸を締めつけた。
それは、この光景を私は以前にも見たという感覚ではなく——
この光景の中に、私がずっといたという奇妙な確信だった。
日差しは変わらず明るく、雲はどこまでも白く、しかしその奥に、薄い膜のような別の世界が重なって見えた。

その膜の向こうで、ベンチには人が座っていた。
髪は長く乱れ、顔は日陰に隠れている。
それが、まるでこちらをじっと見つめているようで、私は息を呑んだ。
瞬きをした瞬間、その人影は消えたが、ベンチの座面にはまだ、濡れた跡が残っていた。

歩き出そうとしても、足は重く動かない。
視線を下ろすと、自分の影が足元にないことに気づいた。
振り返れば、影は二つ。
私の後ろにぴたりと寄り添うもう一つは、間違いなく、あのベンチにいた誰かのものだった。

この日から、真夏の青空を見るたびに、私は無意識に耳を澄ます。
あの風の声が再び私を呼ぶのではないかと。
そして次に呼ばれたとき、自分はもう戻れないのだと確信している。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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