雨の翌日の昼、その緑道には細長い水たまりがよく残る。柵と植え込みに挟まれた道いっぱいに水が広がり、散った桜が縁へ白く寄る。最初におかしいと思ったのは、向こうから誰かが来るのを、水面の中で先に見た時だった。
顔を上げると、道の奥には背中を見せて遠ざかる男が一人いるだけだった。だが足元の水には、もう一人、こちらへ歩いてくる影が映っていた。枝の反射にまぎれて輪郭は薄い。腰から上は揺れた空に溶け、見えるのは濡れた裾と、黒い靴が水の底を踏むたびに花びらが沈む様子だけだった。
見間違いだと思って脇を通った。なのに水面は一度も波立たず、足音も増えなかった。その夜、脱いだ靴の中敷きの下から、湿った桜の花びらが二枚出てきた。水たまりは避けて歩いたはずなのに、なぜか靴の中だけが冷えていた。
次の雨のあと、同じ道を通ると、また奥に男が一人いた。前と同じくらいの距離だったと思う。けれど水の中のもう一人は、前より近かった。今度は膝まで見えた。歩幅が妙に小さく、こちらへ来るたび、花びらの白い裏が一枚ずつ返っていく。現実の道には足跡ひとつ増えないのに、水の縁だけが、誰かの脛で押し分けられたようにゆっくり開いた。
それから雨のたびに、その「下の人」は近づいた。三度目には膝の上まで、四度目には濡れた手首まで見えた。指は細く、爪の色が水で抜けたみたいに白かった。いつも向こうには背を向けた誰かが一人いる。だが足元の水では、その人とは別のものが、決まってこちらへ来る。
いちばん嫌だったのは、すれ違う瞬間が来ても、上の道では何も起こらないことだった。風が吹いて桜が落ち、犬を連れた人が通り、奥の人影は相変わらず遠ざかっていく。その下だけで、冷たい袖が私の膝に触れたような感触があり、濡れてもいないズボンの内側にだけ水がしみた。
最後に見た日は、雨が上がって間もない明るい昼だった。奥の道にはもう誰もいなかった。なのに水たまりの中では、こちらへ来るものの肩が、はじめて枝の反射から抜けた。顔は見えなかった。首から上が、水の黒さに切れていたからだ。ただ、片方の肩にだけ花びらが帯のように貼りつき、その高さが、もう私の胸のあたりまで来ていた。
見ないふりをして通り過ぎたが、その晩、玄関のたたきに細い濡れ筋が残っていた。道の泥とも雨だれとも違う、ためらいながら歩いたような、左右の幅が揃わない筋だった。先には桜の花びらが三枚、白い裏を上にして落ちていた。
それ以来、雨のあとはあの緑道を避けている。
それでも帰宅して靴箱の鏡をのぞくと、ごくたまに、足元だけが濡れた一本道になっていることがある。部屋の廊下ではなく、柵と植え込みに挟まれた、あの細い道だ。
そして鏡のいちばん奥には、今も背中を向けて歩いている人が一人だけ映っている。以前はずっと遠くにいたのに、この春から少しずつ、私の歩幅に合うようになった。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

