二番待ち

写真怪談

終バスの時間が近づくと、この停留所には妙な静けさが落ちる。

細い歩道に人が一列で並び、すぐ脇を大きな車体が擦れそうなほど近くを通る。前の人の背中と、ガラスに映る自分の顔と、来るはずの時刻だけを見て立つしかない。誰もが少し疲れていて、会話もほとんどない。そういう夜にだけ、二番目に並んだ人が、たまに妙な動きをするのだと聞いた。

最初は、列の詰め方の癖だと思っていた。
バスが着く直前になると、先頭のすぐ後ろに立つ人だけが、ほんの半歩ぶん、車道側へ寄る。危ないほどではない。けれど、狭い停留所ではそれだけで目につく。しかも皆、同じように俯いている。スマホを見る女も、イヤホンをした学生も、買い物袋を下げた老人も、二番目になった途端に、なぜか窓へ顔を寄せるような立ち方になる。

それでいて、誰もそれを覚えていない。

私が気づいたのは、会社帰りに三日続けて同じ停留所に立ったときだった。
一日目、先頭は白髪の男で、その後ろに若い女がいた。バスが着き、扉が開き、男が乗る。次に女が乗るはずだったのに、私の前にいたはずのその姿が、ふっと視界からなくなった。押し合いになったわけでもない。列が乱れたわけでもない。ただ、次の瞬間には私が二番目ではなく、先頭のすぐ後ろに立っていた。

おかしいと思ったが、乗ってから車内を見回しても、それらしい女はいなかった。
降りたのかと思って振り返っても、停留所には誰も残っていなかった。

二日目はもっとはっきりしていた。
今度は私の前に、オレンジ色の画面に照らされた女がいた。耳に白いイヤホンを差し、ずっと下を見ていた。その横顔は、停留所の灯りに照らされて妙に白かった。バスが着く寸前、ガラスに映った列を何気なく見たとき、私は息を止めた。映っていたのは三人分の列ではなく、四人分だったのだ。
先頭の男。
その後ろのイヤホンの女。
その後ろの私。
そして、私の肩のあたりに、もう一人、顔の見えない影が立っていた。

振り返っても、誰もいない。
もう一度ガラスを見ると、影も消えていた。

その夜、運転手は乗客を数えるとき、一度だけ小さく首を傾げた。
料金箱の横で、乗り込んだ人数と、ミラー越しに見えた列の長さが合わなかったのだろう。けれど何も言わず発車した。私は座れず、中ほどの窓際に立ったまま、停留所のガラスに残った自分たちの像を思い出していた。

異変がはっきりしたのは三日目だった。

私はわざと早く来て、列の最後尾についた。人が増え、先頭、二番目、三番目、四番目と順に並ぶ。例の停留所番号の丸い標識の下で、私は前の人の足元だけを見ていた。先頭の男が少し進み、その後ろの若い女が二番目になる。すると、その女の靴先が、すっと黄色い縁石ぎりぎりまで寄った。誰にも押されていないのに、まるで前へ招かれたみたいに。

その瞬間、停車したバスの横窓に、車内の座席が映った。
まだ扉も開いていないのに、二列目の窓際だけ、誰かがもう座っていた。

濃いガラス越しで顔までは見えない。ただ、俯いた首筋と、膝の上に置いた手だけが見えた。その手は濡れたように光っていて、指が一本多いようにも、車内灯の反射のせいのようにも見えた。

扉が開く。
先頭の男が乗る。
次に二番目の女が動く。
そう見えたのに、乗車口を通ったのは一人だけだった。

私のすぐ前が、空いた。

背中が冷えたまま乗り込み、さっき見えた二列目の窓際を確かめた。席は空いていた。シートも乾いている。なのに窓の内側にだけ、額を長く押しつけたような丸い脂の曇りが残っていた。座っていたとすれば、ちょうど“二番目に並んでいた人”の高さだった。

私はその曇りを指で拭った。
すると、ガラスに細い筋が二本残った。
縦ではない。横でもない。
並んだ列を横切るように、浅く曲がった二本の筋だった。まるで、外の停留所に立つ列から、誰かが内側へ腕を差し入れてきた跡みたいに。

それから私は毎晩、あの停留所を遠くから見るようになった。
乗るのをやめたわけではない。ただ、列には加わらず、少し離れた場所から人数だけを数える。すると妙なことが分かった。どんな夜でも、バスが来る直前の列は偶数になる。三人いても、いつのまにか四人に見え、五人いても、六人ぶんの影が窓に並ぶ。そして必ず、二番目にいる人の輪郭だけが、車体に近すぎる。

先週、その停留所のポールを見た。
丸い「2」の標識の下、時刻表の透明板に、何本もの指紋がついていた。高い位置でも低い位置でもない。ちょうど、二番目に並んだ人が手を添える高さにだけ、脂の曇りが何層にも重なっていた。
誰かが毎晩そこへ触れているのだと思った。
けれど、指紋の向きがおかしい。
停留所の外側からではなく、車道側――つまり、バスが滑り込んでくる側から押しつけた角度になっていた。

今でも終バスの時刻になると、あそこには列ができる。
皆、前だけを見て静かに待っている。
ただ、もし並ぶことがあるなら、二番目には立たないほうがいい。

あの位置だけは、待っているのがこちらではないらしい。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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