年に一度だけ、整備中の緑地を歩ける開放日がある。
背丈ほどの笹に挟まれた細い道へ、黒い支柱を何本も立てて、桃色のビニール紐を結んでおく。ここから先は入っていい、ここから先はまだ駄目だと、誰にでもわかるようにするための目印だ。
その手伝いをするようになって三年目、古株の人に一つだけ妙なことを言われた。
「勝手に結ばれた紐は、ほどかないほうがいい」
冗談かと思ったが、その人は笑わなかった。風で絡んだだけなら直せばいいはずなのに、そこだけ妙に言い方が固かった。
異変は昼前に起きた。
風のない晴れた日で、白っぽい花の咲いた木と青空が、やけにはっきり見えていた。
親子らしい二人連れが通り過ぎたあと、さっきまでまっすぐ垂れていた右側の紐に、固い結び目が一つできていた。人の手で急いで作ったような雑な結びではなく、きゅっと締まりきった小さな玉だった。位置は子どもの肩より少し低いくらいで、通り抜けるだけではあんな結び方にはならない。
指でほどこうとすると、ビニールが細く軋んだ。ほどけたと思った次の瞬間、手の中でくるりと捩れて、また同じ結び目に戻った。爪のあいだに、刈ったばかりの青臭い汁だけが残った。
それからだった。
人が通るたび、結び目は必ずその人の後ろ側にだけ増えた。前方の紐は揺れもしないのに、通り過ぎた区間の目印だけが、一つ、また一つと結ばれていく。
受付の入場数は二十七人。
閉場前に見回ると、結び目は二十八あった。
余った一つは、公開区間のいちばん奥、まだ立入禁止の先に立てた支柱についていた。
そこへ入った者はいない。足跡もない。
ただ、左右の笹の葉先だけが、道の中央へ向かって撫でつけたみたいに揃っていた。細い何かが、葉に触れながら静かに通ったあとのようだった。
気味が悪くなって、閉場後にその紐を回収しに行った。
明るい時間のはずなのに、奥へ進むほど音が吸われる。自分の靴が土を踏む音より、支柱に結ばれた紐の、ぴし、ぴし、という乾いた鳴り方のほうが近く聞こえた。
問題の支柱まで来ると、右の紐と左の紐の端が、道をまたぐように結ばれていた。
低い位置だった。大人がまたぐには中途半端で、子どもなら胸のあたりに触れる高さ。
結び目の表面には、泥ではなく、細かな緑の繊維が貼りついていた。草の内側を、何度も擦ってきたものの痕みたいだった。
私は剪定ばさみでその結びを切った。
その瞬間、奥の笹原で風もないのに、一斉に葉が裏返った。
続いて、さらに奥から入口のほうへ向かって、ぴし、ぴし、ぴし、と紐の鳴る音が順番に近づいてきた。一本ごとに誰かが結び直しながら、支柱から支柱へ戻ってくるみたいに。
私は切った紐を握ったまま逃げた。振り向かなかったが、背中の高さで何度か、軽く引かれる感触があった。
その晩、切り落とした桃色の結び目を、証拠のつもりで上着のポケットに入れて持ち帰った。
家で机の上に置き、翌朝見ると、そこには何もなかった。
代わりに、納戸の取っ手に同じ桃色の結び目が増えていた。
あの緑地の支柱に結ばれていた時と、ほとんど同じ高さで。
足元には、細い笹の切りくずが廊下の奥へ一列に落ちていて、納戸の扉は、指一本ぶんだけ開いていた。
それ以来、開放日の案内を見るたびに、私は最初に目印の数を数える。
通れる道を示すための紐だと思っていた。
けれど、あれはたぶん逆だ。
あの細道を通ったものを、外へ出していい数だけ結び留めている。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


