あの日の雨は、いつまでも止まなかった。
午後十一時を過ぎても交差点は明るく、広告塔の光が濡れた路面を何度も染め直していた。
信号が青に変わった瞬間、車列が動き出す。
だが、中央の黒いセダンだけが動かなかった。
防犯カメラの映像では、運転席に白い顔が見える。輪郭は人間だが、目の位置が異常に高く、口は耳まで裂けていた。
窓越しに見える皮膚は、陶器のような質感で細かく割れ、隙間から赤黒い光が脈打つように漏れていた。
映像を拡大すると、その顔が窓に密着し、ガラスを内側から押しているのがわかる。
頬骨が浮き、鼻梁が折れたように歪み、ひび割れは額から首まで広がっていく。
車の周囲にいた通行人は、次の瞬間、全員が足を止めて振り向き、何も言わず背を向けて歩き去った。
二度目の青信号に変わると同時に、黒い車も顔も消えた。
だが、路面にはタイヤの水跡だけが残っていた。
それも一分後には蒸発するように消え、水たまりには——車道の中央にはいなかったはずの——あの顔が映っていた。
目も口も開かず、ただ、信号の色が変わるたびに割れ目の奥の光だけが脈打っていた。
後日、この映像を確認した警備員の一人が行方不明になった。
残されたログには、「赤になった瞬間、こちらを見た」とだけ記録されていた。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。