花芯

写真怪談

その桜並木は、昼のほうが妙に怖かった。

夜桜ならまだわかる。提灯の赤や酔客の笑い声が、どこか現実を薄くしてくれる。けれど青空の下で車が行き交い、自転車が脇を抜け、子どもが立ち止まって見上げるような並木道では、逃げ場がない。咲いているものの白さも、路面に落ちる影の濃さも、全部がはっきり見えてしまうからだ。

市の観光課から、その通りの紹介文を頼まれた春、私は半分冗談で例の文句を調べた。
「桜の樹の下には死体が埋まっている」
有名なあの話の出どころや、桜と死者供養を結びつける古い説、花の芯が散り際に赤くなる理由まで読み漁って、それでかえって安心した。なるほど、人は桜の美しさが過剰すぎると、下に何か埋めたくなるのだ。そういう想像の癖があるだけなのだと。

その日の午後、土木管理の職員から電話が来た。
「あの並木の、バス停のある区間だけ、毎年この時期に舗装が浮くんです」
観光記事のついでに見てくれ、と言われて現地へ行った。左の歩道に丸いカーブミラー、バス停の標識、幹に巻かれた紫の帯。花見客も通学帰りも混ざる明るい時間だった。

問題の木の下で、私はすぐにおかしなものを見つけた。
枝に残っている花は薄い白桃色なのに、路面の裂け目に落ちた花だけ、芯がいやに赤い。散り際の色づきにしては早すぎるし、赤い場所が揃いすぎていた。花びらが風で寄ったのではない。細い亀裂に沿って、まるで伏せた人の胸から腹にかけて輪郭をなぞるように、芯の赤い花だけが並んでいた。

清掃員が竹箒で掃いた。
花びらは散った。
だが三十分もしないうちに、同じ裂け目の上へ、また同じように花が戻った。
しかも今度は数が増えていた。

車が通るたび、花は舞い上がるどころか、ぺたりと路面に貼りついた。タイヤが脇をかすめても崩れない。近づくと、甘い匂いに混じって、古い釘を濡らしたような鉄臭さがした。
私はしゃがみ込み、指先で一枚だけ拾い上げた。
花弁は冷たいのに、芯だけがぬるかった。

その様子を見ていた年配の管理人が、笑いもせずに言った。
「昔から、この道はそうだよ。名もないのが多かった年のあとに植えた木だから」
戦争だったのか、流行り病だったのか、事故だったのかは曖昧だった。ただ、その年の春だけ、寺が引き取れない遺体がいくつもあって、仮にまとめて土をかぶせた場所へ若木を並べた、という話だけが残っているらしい。
「あとでちゃんと移したって話もある。でも、桜は一度抱えたものを、全部は返さない」

雨の翌朝、舗装の浮きははっきり目に見えた。
一つの木の根元だけではない。並木の何本かが、歩道側から車道側へ向かって、肩幅ほどのふくらみを作っていた。黒い舗装の下を、細いものが何本も並んで押し上げている。根の盛り上がりにしては妙で、人が仰向けに寝たときの肋の形に似ていた。
通る車はみな、そこを踏まないようにわずかにハンドルを切った。
誰に教わったわけでもないのに、みんな同じ避け方をした。

応急補修のために表面を少しだけ剥がすことになった。
アスファルトの下から出てきたのは、太い根ではなかった。
濡れた土の中で、無数の細根が束になり、何かを囲うように丸く食い込んでいた。抱えているのは石でも配管でもない。空洞だった。いや、空洞というより、そこだけ土の締まり方が違って、人の頭や肩があった場所だけが沈んだまま固まったように見えた。
その隙間に、今年の花びらが何枚も挟まっていた。
まだ咲いて三日ほどのはずの花ばかりだった。

その日の昼、満開のはずの並木で、風が一度だけ止まった。
すると各々の木の下から、花がまとめて落ちた。
はらはら散るのではなく、真下へ。
一斉に。
そして路面の上に、一本につき一つずつ、人の形ができた。

頭の位置だけ花が薄く、胸から腹にかけて芯の赤い花が濃い。
腕のぶんだけ両脇が空く。
脚は車道へ向いていた。
まるで、土の中で眠っていたものが、花の形でだけ地表へ戻ってきたみたいだった。

観光のために集まった人たちは、それを「きれいな偏り」だとか「風の悪戯」だとか言って写真を撮っていた。
でも誰一人、その上には立たなかった。
子どもでさえ、そこだけは避けて歩いた。

結局、その年は応急補修だけで終わった。
記事も、私は無難な紹介文しか書かなかった。桜のトンネル、春の名所、歩道から見上げる花のアーチ――そんな嘘ではないが本当でもない文句を並べて提出した。

帰宅して靴を脱いだとき、玄関のたたきに小さなものがいくつも落ちた。
花弁ではなかった。
赤い花芯だけだった。

靴底の溝を水で洗っても、翌朝また増えていた。
並木の区間に立っていた木の本数と、ちょうど同じ数だけ。

それ以来、満開の桜を見ると、私は枝より先に足もとを見る。
どれだけ明るい昼でも、どれだけ人通りが多くても、あの道の下にはまだ、春になるたび自分の場所を花で示してくるものがいる。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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