百十八段のひとり分

ウラシリ怪談

ひな祭りの時期になると、ある石段の社で、百十八段いっぱいに雛人形を並べる催しがあるそうです。段には約六百体、両脇には約七百個のつるし飾りが掛かり、屋外なので雨の日は中止になる、と案内されていました。

飾り付けは夜明け前から始まります。人形は古い布で一体ずつ包まれ、座らせる前に袖の角度や冠の位置を整える。つるし飾りは風で絡まないよう、紐のねじれを一本ずつ戻す。そういう細い手間の積み重ねで、初めて“整列”が立ち上がるのだそうです。

その年の準備で、係の人が気づいたのは、数の合わなさでした。人形は確かに約六百体ある。飾りも数えて不足はない。けれど、石段の上から見下ろすと、中央に一か所だけ、座るべき“余白”が残る。誰もそこに置いていないのに、そこだけが妙に整って見えたといいます。

その余白は、端の人形を寄せても埋まりませんでした。むしろ寄せるたび、余白は正確に中央へ戻ってくる。人が手を入れた形跡はないのに、全体が「中央を空ける」配置へ戻ろうとする――そんな感触があったそうです。

雨予報が出ていたため、その日は早めに撤収が決まりました。屋外なので中止。並べたばかりの人形をまた包み、つるし飾りを外し、石段を空にする。赤い敷布は濡らせないので、最後に巻き取って運ぶ。そういう段取りだったはずです。

ところが、敷布を巻き始めた瞬間、上の方から「とん」と音がしたそうです。木が石に触れるような、乾いた小さな音です。誰も石段を上がっていない。人形も手元にある。なのに、もう一度「とん」。続けて「とん、とん」と、間を置いて響いたといいます。

数えてしまった人がいたそうです。上から下へではなく、下から上へ。百十八回。まるで誰かが一段ずつ、腰を下ろしていくような間隔だった、と。

音が止んでから、石段は空のままでした。人形は包まれ、箱に戻り、倉庫へ運ばれていた。けれど石段の中央だけ、濡れていない帯が一本残っていたそうです。雨が落ちているのに、そこだけ乾いている。乾いているというより、誰かの体温が触れたあとみたいに、雨を弾いていたといいます。

係の人が懐中電灯を当てると、乾いた帯の上に、薄い粉が見えたそうです。白い顔料のような粉が、点ではなく、座り跡の輪郭で残っている。しかも一つではなく、帯に沿って、段ごとに連なっていた。人形を置いた形ではない。人の靴跡でもない。もっと小さく、もっと揃った“座り方”の跡だった、と。

最後に、いちばん上の段の少し先――本殿の直前の石にだけ、跡が一つ余ったそうです。そこは本来、何も置かない場所です。けれど、そこにだけ、袖を広げたような弧が残っていた。座り跡の大きさは、人形ではなく、子どもが正座したくらいだった、といいます。

翌朝、倉庫で箱を開けると、人形の包みが一つだけ湿っていたそうです。雨に触れていないのに、布の内側だけが、桃の匂いに近い甘さを帯びていた。包みをほどくと、表情の整った顔が出てくる。ただ、その人形の袖口だけに、石の粉が付いていたといいます。

それがどの段の、どの役の人形だったのか。係の人は言わなかったそうです。言えば、次の年も同じ場所を空けてしまうからです。空けた瞬間に、そこが“席”になるからです。

雨天中止の日ほど、石段の中央はよく乾くらしい、と聞きます。誰も並べていないのに。誰も座っていないのに。……そんな話を聞きました。

この怪談は、以下の記事をきっかけに生成されたフィクションです。

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