白屋根の欠番

写真怪談

駅前のロータリーを見下ろす連絡橋は、白い屋根の下にだけ光を溜めていた。上の通路には人の列が細く伸び、下の車道には黒いタクシーが静かに並ぶ。街は眠りきれず、看板の灯りと街灯が、路面の矢印や点線を鈍く撫でていた。

警備室のモニターには、その光景が固定の角度で映っている。連絡橋、階段、太い支柱、右側の歩道を流れていく人影、そしてロータリーの端で待機するタクシーの列。夜勤の警備員は、いつもと同じ“静かな終電後”を確認して、記録を残すだけのはずだった。

異変は、列の最後尾に「一台だけ」増えるところから始まった。車体は他と変わらない黒。だが、屋根の行灯が青白く、周囲の街灯よりも冷たく光っていた。運転席の位置に人影が映らない。フロントガラスは角度の問題だ、と最初は思う。けれど次に瞬きした瞬間、青い行灯のタクシーは“列の中腹”へ移っていた。

カメラのタイムスタンプは連続しているのに、タクシーの位置だけが飛ぶ。列が少しずつ動くのは当たり前だ。だが、動き方が違った。進むのではなく、並び替えられる。見えない手で、駒が置き直されるように。

さらに妙なのは、人の列のほうだった。連絡橋の上を歩く影のひとつが、屋根の照明の下で一瞬だけ“二枚”になる。分裂した影は、床ではなく空中へ落ちる。落ちたはずの影は、支柱の根元で形を保ったまま立ち上がり、車道の縁を滑るように移動して、青い行灯のタクシーの後部座席へ吸い込まれた。

その夜、タクシーの順番だけが減っていった。乗客が増えるわけでも、乗り場が混むわけでもないのに、待機車両の台数が、モニターの中で一台、また一台と消えていく。消える瞬間は映らない。青い行灯が、屋根の影に触れた瞬間だけ、映像の一部が黒く潰れる。まるで、連絡橋の下に“穴”が開いているように。

翌朝、現場の確認に出た警備員は、路面に残った痕跡を見つけた。タクシーが並ぶはずのレーンの端に、濡れた足跡が一列だけ続いている。雨は降っていない。足跡は支柱へ向かい、支柱の陰で途切れるのではなく、支柱の“内側”へ染み込むように消えていた。コンクリートの肌に、黒い擦過痕が薄く残り、触ると指先が冷えた。

監視カメラの録画を確認すると、黒く潰れた時間帯が決まっていた。02:17、02:41、03:06——どれも、青い行灯が屋根の影に触れた瞬間だけ映像が欠けている。その欠けたフレームの直後、タクシーの列は必ず“ひとつ”短くなっていた。

そして最後に、連絡橋の上の人影が、誰もいないはずの区画で立ち止まる場面が映った。白い屋根の下、照明の真下で、影だけが足踏みをしている。身体がないのに、影が歩く練習をしているみたいに。次の瞬間、その影は床から剥がれて、下へ落ちた。落下の途中で形を変え、車の窓の内側に“座る”姿勢になり、青い行灯のタクシーに乗り込んだ。

あの夜から、駅前のタクシー乗り場には一つだけ増えた注意書きが貼られた。
「連絡橋の屋根の下で、立ち止まらないでください」
理由は書かれていない。書けるはずがない。

なぜなら“立ち止まった影”だけが、次の朝も戻ってくるからだ。路面の足跡として。支柱の肌の擦過痕として。モニターの欠けたフレームとして。
そしてタクシーの順番表から、確かに一台分が消えたままになる——まるで、夜の駅前が、影だけで運行される便をひそかに増やしているみたいに。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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