架線の門の白点

写真怪談

社内の素材共有フォルダに、ひとつだけ妙に静かな写真があった。ファイル名は「DSC_0736」。二本の線路が夕暮れを刃みたいに反射して、奥でゆるくカーブしている。左には長い工場の壁が伸び、同じ形の窓がずらりと並んで、いくつかが空の色を薄く映していた。右は木々の影が濃く、枝が絡んで線路の先を隠している。

いちばん目を引くのは、手前の空に掛かった黒い四角い枠だった。架線を支える門みたいなフレーム。そこから先も同じ形の枠が何度も続いていて、線路が門の列に吸い込まれていくように見える。

最初は「夕景の素材」として便利そうだと思った。私はその写真をデスクトップに置いて、何となく一日に何度も開くようになった。

変だと気づいたのは、三日目の夕方だった。
同じ写真のはずなのに、レールの間に立っている黒い設備の影が、わずかに位置を変えていた。気のせいだと思って閉じ、もう一度開く。やっぱり違う。影が板道の中心に寄っている。影の形が、設備というより、人が立っている輪郭に近い。

撮影日時も容量も更新日も、何も変わらない。なのに、影だけが動く。

それから私は、夕暮れの時間を待つようになった。
空が黄に寄って、工場の窓の反射が弱くなるころ。レールの白い線がいちばん鋭くなるころ。写真の中の影は、いつも少しだけこちらへ近づいていた。奥のカーブの先から、草むらの境界へ。枕木の上へ。そして、レールの間の板道へ。

右側の小さな信号機だけが、毎回、白く点っていた。
列車など写っていないのに、通過を許可するみたいに。その白点は、光というより「見返す目」に近かった。影が近づくほど、白点だけが不自然に鮮やかになる。

怖くなって、私は写真を削除した。共有フォルダから消し、ゴミ箱も空にし、検索履歴も消した。
翌日の午後、フォルダのいちばん上に「DSC_0736」が戻っていた。何事もなかったように。サムネイルの時点で分かった。影は、架線の門のすぐ内側に立っていた。

私は自分のスマホに写真を送って拡大した。草の一本一本、枕木の木目、工場の外壁の筋までくっきりしている。なのに、影の輪郭だけが滑らかすぎた。そこだけ、別の時間の黒を貼り付けたみたいに浮いて見える。

さらに拡大すると、影の足元に点々と濡れた跡があった。枕木の上に残る靴跡みたいな黒い点。門の内側からこちらへ並び、途中でぷつりと途切れている。途切れた場所は、写真の手前、板道のすぐ脇。
つまり、次に踏まれるのは――画面の外だ。

その瞬間、部屋の蛍光灯が「ジ」と鳴った。電気が唸る音じゃない。架線が風に鳴く、乾いた唸りに似ていた。
机の上が冷たくなる。鉄の匂いがする。雨の日のホームみたいな匂い。

私は反射的にスマホを伏せた。
けれど、伏せたはずのスマホの下から白い光が漏れた。机の木目の上に、細い線が二本走る。レールの反射と同じ、刃みたいな白だ。

白い線は机の端から床へ落ちた。床の上で、二本はわずかに開いていく。開き方が、写真のレールの間隔と同じだった。

私は笑って誤魔化そうとして、息が止まった。
息を吸う代わりに、胸の奥へ冷たい風が流れ込んだ。風の中に、金属の粉みたいなざらつきが混じっている。

指が勝手にスマホを起こした。
画面には、架線の門があった。夕焼けがあった。工場の窓があった。木々の影があった。二本のレールがあった。

そして、板道の上に、影が立っていた。

影の肩が、私の肩と同じ高さだった。袖の落ち方まで同じだった。違うのは黒さだけで、黒だけが、私より私の形をしている。

右の白点が、ゆっくり明るくなる。
明るさが画面の中に収まらない。部屋の壁紙が白く飛び、家具の輪郭が剥げ、世界が写真みたいに平らになっていく。

影が一歩、踏み出した。

音がした。石を踏む音。私は動いていないのに、足の裏にザラつきが来る。見下ろすと、床の上に濡れた靴跡があった。私の足元から始まっていた。
濡れた跡は、二本の白い線の間を選んで伸びている。逃げ場のないところを。

私はスマホを投げようとした。投げられなかった。腕が上がらない。腕の内側が、写真の空みたいに薄くなっていく。
影の手が伸びた。指の本数が分からない。爪があるのかも分からない。ただ黒いまま、こちらへ。

白点が、目の奥に刺さる。

白い線の間に、足が吸い込まれる。

踏み出したのは、私の足だった。

でも、その足跡はもう――

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

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