その貸し畑は、住宅地の裏でいちばん静かな場所にあった。ブロック塀が風を止め、土は乾いて、冬の枝だけがやけに大きな影を落としている。畝には白いネットがトンネルみたいに被せられていて、端はピンで留められているのに、途中だけがゆるく波打って見えた。
畑を借りる契約書には、肥料の種類や使用時間の注意より先に、奇妙な一文があった。
「道具を置く場合、手押し一輪車の“口”を畝に向けないこと」
口、という言い方が気持ち悪くて、私は笑って読み飛ばした。誰かの悪ふざけだと思った。
初めて畑を案内された日、まさにその“口”が畝に向いていた。緑色の車体は錆びて、タイヤだけが妙に白い。誰かが放置したのだろうと、私は取っ手を掴んで向きを変えようとした。
持ち上げた瞬間、軽すぎて腕が跳ねた。空っぽなのに、重い道具を動かしたみたいな疲れだけが手首に残った。
その週の夕方、畝のネットの弧が増えていた。自分で挿した覚えのない支柱が一本、畝の途中に立っていた。畝は一本しか作っていないのに、ネットの下に“もう一本の畝”が薄く重なって見える瞬間がある。目を離すと、ただの土に戻る。見間違いだと、何度も瞬きをした。
次に気づいたのは、足跡だった。
土の上に、細い溝が一本だけ続いている。車輪の跡のように見えるのに、片側しかない。人が歩いた跡はない。片輪だけが、畑の端から端へ、真っ直ぐに転がっていったみたいに。
私は畝のネットをめくって確かめた。中には芽の揃った小さな緑が並んでいた。何も異常はない。なのに、ネットの内側だけが、呼吸するみたいにふくらんで、しぼんだ。風は吹いていない。土の匂いが、急に湿った井戸の底みたいに変わった。
その夜、眠ろうとすると耳の奥で、車輪が砂利を噛む音がした。ギ…ギ…と一定の間隔。窓の外には畑など見えないのに、音だけが転がっていく。止まったと思った次の瞬間、音はまた同じ場所から始まる。まるで、同じ短い距離を何度も往復しているみたいだった。
翌朝、畑へ行くと一輪車の位置が変わっていた。昨日は畝の方へ口を向けていたのに、今度はブロック塀に向いている。置いた覚えはない。
そして、荷台の底に、黒い筋が一本だけ付いていた。泥ではない。濡れた髪の毛を引きずったみたいな線。触ると、指先に冷たい粉が付いた。土ではない、古い石灰のような、乾いた白。
畑の古株だという人に、その一文のことを聞いた。相手は笑わなかった。
「昔、ここ、畑じゃなかったからね。塀の向こうは今でこそ家だけど、ずっと前は……溜まる場所だったんだって」
溜まる、という言い方が引っかかった。雨水じゃない。ゴミでもない。では何が、溜まるのか。
その人は続けた。
「夜に畝を開けちゃだめ。ネットは“覆う”ためじゃない。見ないため。数えないため」
数える?と聞き返しても、相手はもう別の畝の話に逸らした。
私は帰り際、ネットの弧を目で追った。支柱がいくつあるか、数えようとした。
一、二、三、四。
五のところで、腹の底が冷たくなった。弧の間隔が不自然に揃っている。人の手で作った畝の都合じゃなく、何かの“寸法”に合わせてある。肋骨の並びのように、同じ幅で続いていた。
その日の夕方、どうしても気になって畑へ戻った。西日が土を赤くして、白いネットだけが薄い膜みたいに光っている。
一輪車は、また畝に口を向けていた。
その口の縁に、土が付いていない。使った形跡がないのに、畑の一番きれいな場所に、ぴたりと置かれている。
私はわざと遠回りして、ネットの端を少し持ち上げた。中から空気が逃げるはずだった。
逃げなかった。
代わりに、土の匂いが“抜けていく”感じがした。畑の中の何かが、外へ出ようとしている。匂いの向きが逆だった。
ネットの下の土が、ゆっくりと盛り上がった。風でも虫でもない。土が自分で、膨らんだ。
その盛り上がりは、支柱の弧の真ん中で止まり、形を整えた。人が寝ている時の肩の丸みのように。次の弧でも同じ膨らみが起き、次の弧でも起きた。
弧の数だけ、土が“人の形”になろうとしている。
私は声も出せず、一輪車の取っ手を掴んだ。これを畝から背ければ、何かが止まる気がした。契約書の一文が、急に現実味を帯びた。
持ち上げた瞬間、今度は重かった。
空のはずの荷台が、底なし沼みたいに腕を引っ張った。取っ手がじわじわと手のひらに食い込む。金属が冷たいのではなく、皮膚の内側が冷えていく。
足元で、片輪の溝が勝手に伸びた。私が一歩も動いていないのに、土に線が引かれていく。畑の端へ向かって、真っ直ぐに。
線の先は、ネットの下へ潜り込んで消えた。
“入口”ができた。そう感じた。
そのとき、ネットの内側が一斉に波打った。弧の一本一本が、呼吸に合わせて持ち上がり、沈む。土の盛り上がりが、肩から胸へ、腹へと形を持ち始める。土の下で何かが、起き上がろうとしている。
私は反射的に一輪車を押した。逃げるために。
片輪が回った。ギ…という音とともに。
でも車体は、ほとんど前へ進まなかった。畑の土が粘るからじゃない。車輪が“同じところを回っている”のに、回転だけが続いている。空回りではない。距離が、削られている。
ネットの弧の中から、白いものが覗いた。支柱ではない。布でもない。
土の中から出てきた指先だった。爪が薄く、泥の色が染み込んでいて、指の形をしているのに人間の関節の動きではない。指はネットを内側から撫で、膜を確かめるみたいに滑った。
それが一本ではない。弧の数だけ、白い指が増えた。数えれば数えるほど、増える。
私はもう一度、一輪車を押し込んだ。畑の端、ブロック塀の影を越えたかった。
その瞬間、視界が一度だけ“二重”になった。
今いる畑の上に、別の畑が重なった。畝がもっと細かく、もっと密に並び、同じ白い弧が無数に続いている。青いシートの下にまで弧が伸び、塀の向こうへも続いていく。
弧は畝を守る支柱ではなく、誰かの肋骨だった。
白いネットは虫除けではなく、布団でもなく、覆布でもなく、埋めるための薄い蓋だった。
二重になった景色が戻る前に、私は理解してしまった。
ここは“溜まる”場所だ。
土に還りきれないもの、数えられなかったもの、行き先を失ったものが、季節の隙間に溜まって、畝の形で並べられている。
そして一輪車は、それを運ぶ道具ではない。運ばれる側が、自分で乗り込む器だ。
私は取っ手を放し、走って畑を出た。背後で車輪の音が続いていた。ギ…ギ…と、同じ短い距離を何度も何度も削り取る音。
振り返らなかった。振り返って数えてしまったら、弧も指も、もっと増える。
次の朝、畑に行く勇気は出なかった。代わりに、スマホで畑仲間のグループに連絡した。
「昨日、誰か畑に行った?」
返事はすぐ来た。
「行ってないよ。今日は誰も行ってない」
その直後、別の人が写真を送ってきた。畑の様子を撮っただけの、いつもの連絡用の写真だった。
写っていた。
白いネットの弧が、昨日より一本多い。
そして手押し一輪車が、畝に口を向けている。
荷台の底に、黒い筋が一本だけ。
片輪の溝が、畑の端から端まで、一本だけ。
私は、その写真を拡大した。ネットの途中の、ゆるく波打っている場所。光のせいだと思える程度の薄い影。
でもその影は、肩の丸みだった。
そして影の上に、指先の白が、ほんの少しだけ透けていた。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。
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