山に抱かれた市役所で、合併前の町が埋めたタイムカプセルが開けられたそうです。中には「二十年後の自分へ」と書かれた手紙がぎっしり入っていて、役所は宛先を確認し、足りない送料の差額まで負担して投函したといいます。
ところが、宛先不明で戻ってきた封筒が百八十通。窓口の横にガラスケースを置き、番号札を振って並べ、「心当たりがあれば連絡を」と張り紙まで出したそうです。淡い色の封筒が揃っている様子は、どこか祝い事の残り香のようで、泣いて笑って受け取りに来る人もいたと聞きます。
最初におかしかったのは、その張り紙の日付でした。
掲示されたのは十月二十一日。なのに、紙の隅には「十月二十日」と印字されていたそうです。見間違いかと思って貼り替えようとすると、印字はまた「十月二十一日」に戻っている。誰かのいたずらにしては、紙もインクも同じまま――ただ日付だけが、朝になるたび一日ずつ古くなっていくようでした。
職員は対策として、張り紙の写真を毎朝撮り、日付を記録したといいます。けれど、写真に写った日付はいつも空白でした。枠だけが残り、そこだけが、紙の白さのまま抜け落ちている。印刷し直した張り紙も同じで、貼った直後は今日の日付があるのに、翌朝には昨日へ戻っているそうです。
そして、封筒のほうにも同じことが起きました。
宛先不明で戻ってきた百八十通のうち、いくつかは消印が揃っていなかったといいます。ふつうは投函した日の印が押されるはずなのに、その封筒だけは「翌日」の消印になっている。確認のために窓口で受け取り人へ手渡すと、消印がするりと「前日」に変わる。まるで封筒が、受け取りの瞬間だけ時間を巻き戻しているようだったそうです。
受け取りに来た人のひとりが、封を切って中身を覗いたときの話が残っています。
便箋には、幼い字で「二十年後のあなたへ」と書かれていたそうです。内容は、将来の自分への励ましでした。よくある言葉、よくある約束。なのに、その人は途中で黙り込んだといいます。文の途中に、知らない一行が混ざっていたからです。
「先に届いてしまったなら、開けないで。いまのあなたが、少しだけ消えるから」
その一行を読んだ瞬間、便箋の冒頭にあった日付が変わったそうです。二十年後のはずの日付が、一年、また一年と古くなり、墨がにじむように薄れていく。受け取り人の表情も、何かを思い出すように柔らかくなったかと思うと、次の瞬間には、そこだけが空っぽになる。泣いているのか笑っているのかも分からない顔で、便箋を胸に押し当てたまま、ただ「間に合わなかった」とだけ繰り返したそうです。
その翌朝、ガラスケースから百八十通が消えたといいます。
鍵は壊れていない。ガラスも無傷。代わりに残っていたのは、差額分として用意していた切手が、机の上にきれいに整列している光景でした。切手の図柄は古い様式で、今は使われていないはずのものだったそうです。さらに、窓口の受領簿には「十月二十日 受領 百八十通 発送済み」とだけ書かれ、肝心の「十月二十一日」のページが、最初から綺麗に抜け落ちていたといいます。
それ以来、役所の郵便受けには、たまに封筒が一通だけ入ることがあるそうです。
宛名は書かれていないのに、誰が受け取るべきかだけは分かるような封筒。消印はいつも「昨日」で、封を切ると、紙の上には短い礼が書かれている――「間に合ってよかった」。ただ、それが何に間に合ったのかを確かめた記録は、どこにも残っていないようです……。
この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。
タイムカプセルで20年後に宛てた手紙180通が「迷子」に 平成の大合併前に町民から募集 開封後差額分負担して発送も宛先不明で届かず「心当たりがあれば連絡を」長野・安曇野市
タイムカプセルで20年後に宛てた手紙180通が「迷子」に 平成の大合併前に町民から募集 開封後差額分負担して発送も宛先不明で届かず「心当たりがあれば連絡を」長野・安曇野市 | TBS NEWS DIG20年前のいわゆる平成の大合併を前に、現在の安曇野市の一部になっている旧豊科町が、子どもたちや町民から募集してタイムカプセルに収められていた手紙の一部が「迷子」になっていて、市が持ち主を探しています。…

