二十二秒の戻り道

ウラシリ怪談

郊外の幹線道路で、自動運転の実証走行をしていた小さな路線バスが、走行中に左へ急旋回して街路樹へ衝突したそうです。低速で、運転手も乗っていたのに、ハンドルだけが「戻る」ように切れたといいます。乗客は数名が軽いけがで済み、車体の前面ガラスが割れた程度……事故としては、どこか静かな部類でした。
ところが後日の検証で、車が「二十二秒前の位置情報」を誤って読み込み、そこへ戻ろうとした設計上の不備が原因だった、とまとめられたそうです。対策として、情報に時刻を付けて照合し、古いデータを使えないようにする……と。

その後、同じ系統の別車両で、奇妙な報告が積み重なったといいます。深夜の回送中、車内放送が鳴らないのに、スピーカーが薄く息をするような音を出す。監視映像には、誰もいない座席が、同じタイミングでほんの少し沈む。停留所に止まるたび、車内表示が一瞬だけ「……」になる。
運転記録を見ると、原因はだいたい同じでした。時刻付きの照合は働いているのに、照合の直前に、ログが二十二秒ぶん欠ける。欠けた直後、舵角の指令が微かに跳ね、バスは必ず「左」を欲しがるように寄っていく。まるで、欠けた二十二秒の場所が、まだ道路のどこかに残っているみたいに。

ある夜、車両基地で整備担当が、回収された破損ガラスを拭いていたそうです。割れ目の内側に、細い泥の線が何本も走り、木の皮みたいな繊維が挟まっていた。街路樹にぶつかった時のものだろう、と誰もが思ったのに、泥の匂いが違ったといいます。新しい土ではなく、雨にさらされて乾ききった、古い路肩の匂い。
拭き取りの手を止めた瞬間、ガラスの奥で、ヘッドライトが一度だけ点いたそうです。基地の天井に、木の影が揺れた。そこには木などないのに。
その夜から、照合ログの欠け方が変わりました。二十二秒ではなく、二十二秒「だけ」が、妙に整然と繰り返されるようになった。欠けるたびに、車内表示が「戻ります」と出る。出るはずのない文言で、音声もなく……ただ表示だけが。

最後の記録は、回送中のものだそうです。バスは停留所でも交差点でもなく、何もない直線で停止し、以後、動かなかった。運転席の操作は正常、ブレーキも正常。けれどログには、時刻が二十二秒ずつ後退する列が延々と並び、位置情報だけが、ある一点へ近づいていく。
その一点がどこかは、記録の欠けた部分に重なって、誰も確かめていないそうです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

八王子市(高尾地区)における自動運転バスの事故について

八王子市(高尾地区)における自動運転バスの事故について|11月|都庁総合ホームページ
令和7年8月29日(金曜日)に八王子市で発生した、自動運転バスの実証走行中の事故については、受託者からの報告に対し、有識者の知見をいただき検証を行ってまいりました。この度、技術面における事故の原因と主な改善の方向性がまとまりましたので、以下の通りお知らせします。

 

タイトルとURLをコピーしました