斜路(しゃろ)の壁

写真怪談

都心の繁華街の片隅に、緩やかな坂道が一本ある。
観光客は通らず、地元の人も足早に通り過ぎるだけ。
その坂の途中、ある建物の外壁が数年前から不気味な模様で覆われていると噂になっていた。

それは、黒地に青と白の抽象画。
雲のようなもの、花のようなもの、そして、よく見ると都市の俯瞰図を反転したような断片が組み合わされていた。
昼間は明るく、スケートボードの店か何かに見えた。
だが、深夜、誰もいない時間帯にその建物を見上げると、
「壁の奥に、もう一つの都市が見える」というのだ。

証言者の一人はこう語った。
「夜にその坂を登っていたら、突然、足元の傾きが変わった気がして。振り返ったら、来た道が“上”に向かってたんですよ。自分はずっと登っていたはずなのに」

別の人物は、昼にその壁を撮影したあと、
画像を確認すると、「壁に人の顔が浮かんでいた」と言う。
それは、スカート姿の女性で、ちょうどその壁の前を通った記録が残っていた。
しかし、彼女の影だけが「反対側」に伸びていた。
太陽とは逆の方向に。

最初の異変が記録されたのは、3年前の夏だった。
坂道を歩いていた女子高校生が、壁に吸い込まれるように消えた
監視カメラには映っていなかったが、
近くを歩いていた老人が「青い花の中心に、彼女が“入っていく”のが見えた」と言っていた。

不可解なことに、行方不明届は出されていない。
近隣の学校にも該当者はいなかった。
だが、それからというもの、あの壁の前では“同じ人物”が何度も目撃されるようになった。

薄茶色のスカート、白いスニーカー、肩掛けカバン。
そして、黄色い柄の傘をさしている。
彼女はいつも、同じように坂を登っているという。
姿勢も、歩幅も、日付も関係なく──完全に“同一”の存在だった。

通行人が写真を撮ると、必ずその人物が写っていた。
たとえ現地に彼女がいなかったとしても。
しかも、どの写真でも、傘の裏に“何かの文字”が滲んでいた。
「した」「もど」「はじ」「おわ」──その断片が、ランダムに浮かび上がる。

ある映像クリエイターがこの現象を追い、ドローンで上空から壁を撮影した。
そのデータを解析すると、驚くべきことが分かった。
壁面の模様は、坂道全体を取り囲むように構成されており、
それは一種の立体錯視──いや、空間の接続図だった。
図面上、青い花の中央が「入口」、
黒い交差点の断片が「出口」に配置されていた。

では、その間にあるのは何か?

確認する前に、彼は姿を消した。
代わりに、現地で拾われた彼のスマホには、
1枚の写真だけが残っていた。

そこには、青白い雲のような模様の真ん中に、
彼自身が傘をさして歩いている姿があった。
薄茶のスカート、白い靴。
──いや、それは“彼”ではなかった。

その姿は、何かを写しとったかのように“歪み”、
すでに性別も年齢も失っていた。

壁の中心から、こちらを見ていた。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

タイトルとURLをコピーしました