地面の人数

ウラシリ怪談

都心の一角で、ある施設が「見ないで測る」仕組みを試したそうです。監視カメラも位置情報も使わず、地面の揺れだけで人の流れと混雑を推定する……そんな新しい方法だったといいます。

設置されたのは、目立たない箱でした。舗装の継ぎ目のそば、足がよく通る通路の脇に、地震計に似た振動センサーが固定され、離れた端末へとデータが送られていたそうです。画面には、波形と、人数の分類――「1人」「2人」「3人以上」――が淡々と並びました。日中はよく当たり、工事車両の振動や車道の雑音が混じっても、判定は崩れにくかった……記録にはそう残っています。

異変は、閉館後から始まったそうです。

深夜二時過ぎ、通路は施錠され、誰も入れないはずの時間帯に、「1人」が点きました。数秒で消えるなら誤検知だと片づけられたのでしょうが、その「1人」は、消えませんでした。波形は小さく、しかし規則正しく、足の裏が地面を押すような間隔が続いていたといいます。歩幅は一定なのに、位置が動いていない――そんなふうに見えたそうです。

翌晩、「2人」になりました。さらにその翌晩は「3人以上」が、短い点滅ではなく、長く居座るように表示されました。誰かが端末を覗き込み、警備員が巡回したそうですが、通路は空でした。照明も消え、風もなく、ただ、舗装の継ぎ目だけが、かすかに湿っていたといいます。濡れ方が、足跡のように見えた……そう書かれていました。

その頃から、データの癖が変わったそうです。

検知のために行う周波数解析の画面に、歩行のピークが出るべきところとは別の場所に、細い筋が一本、毎晩同じ形で現れたといいます。雑音除去を強めても消えず、学習データを足しても消えず、むしろ筋は濃くなったそうです。筋は階段のように折れ、一定の間隔で折れ、そして……折れるたびに、表示される人数が増えました。「1人」から「2人」へ、「2人」から「3人以上」へ。増え方が、まるで“後ろに誰かが並ぶ”みたいだった、と関係者は言ったそうです。

発現は、四日目の深夜でした。

端末が、突然「3人以上」を連続で吐き出し始めたといいます。波形は小さいのに、分類だけが上がっていく。歩幅の間隔は変わらないのに、人数だけが増える。警備員が無線で確認し、施錠した扉を再点検し、通路の灯りをつけたそうです。カメラはない代わりに、肉眼で見回った――その時、通路の真ん中に、誰もいないのに、足音だけがあったといいます。

コツ……コツ……コツ……。

音は地上ではなく、舗装の下から響いたそうです。下水や配管の反響ではなく、もっと近いところで、靴底が地面を叩く音。歩くたびに、端末の波形が一致して跳ねたといいます。誰もいない通路で、足音と波形が、ぴたりと噛み合った……それが一番気味が悪かったそうです。

警備員が足元を照らすと、継ぎ目の湿りが、一本の線になっていました。線は通路の端へ伸び、壁の手前で止まっていたそうです。壁には扉もなく、通路の先は行き止まりでした。それでも足音は、壁の向こうへ“抜けていく”ように遠ざかり、端末の「3人以上」も、壁の向こうへ動いたように見えたといいます。位置を推定する仕組みではないのに、そう感じさせる変化があった……そんなメモが残っていました。

翌朝、設備担当がセンサーを外そうとしたそうです。試験を中止し、データを消し、箱を撤去して終わりにする――それで済むはずだったといいます。

ところが、外しても、終わらなかったそうです。

端末側に残るはずのない生データが、撤去後の時間帯にも届き続けました。回線を切っても届き、端末の電源を落としても、ログだけが増えたといいます。数字はいつも同じでした。「3人以上」。そして、決まって二時過ぎから、夜明けまで。

最後の記録には、こうあります。

「地面が数えている。こちらが見なくても、揺れは“送られてくる”。止め方がわからない……」

その先は、ログごと途切れているそうです。以後、その通路の舗装の継ぎ目は、雨でもないのに湿る夜があるらしく、そこを踏むと、靴底がわずかに吸い付くことがある……そんな噂だけが残っているようです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

地面の揺れだけで人の流れを捉える ―単一の地震計で歩行者数を推定するプライバシー保護型人流モニタリング技術―

地面の揺れだけで人の流れを捉える ―単一の地震計で歩行者数を推定するプライバシー保護型人流モニタリング技術―
東京大学大学院工学系研究科の尹 泰雄 大学院生、アフマド アフマド バハア オマル 特任研究員、辻 健 教授を中心とする研究チームは、単一の地震計を用いて、プライバシーを侵害することなく歩行者数を計測・分類できる新しいモニタリングシステムを開発しました。
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