錨の先の通話

ウラシリ怪談

年の瀬、北の海を横切る海底通信ケーブルが途切れたそうです。監視室の波形は、切断というより、何かに“撫でられて”ほどけていく形だったといいます。遅延が一定の間隔で増え、戻り、また増える……呼吸のような揺れが数分続いたそうです。
ほどなく、沖合で貨物船が沿岸の警備部隊に制圧され、乗組員が拘束されたと伝えられました。巡視の記録には、航行中なのに錨の鎖が海へ垂れていた、と残っていたようです。原因は錨の引きずりか、故意か……そこまでは、まだ結論が出ていないらしいです。

ただ、その夜の監視ログにだけ、説明のつかない項目が混ざっていました。通信の健康状態を示す欄に、本来入らないはずの文字列が数行、薄く刻まれていたそうです。
「接続要求:海底」
「応答:了解」
そして、接続が成立した瞬間、監視端末のスピーカーから“通話の呼び出し音”が鳴ったといいます。回線の監視装置には、音声通話の機能などないはずでした。

記録には、音が鳴った直後からの波形だけが残っています。低い水のうなりに、錨鎖が砂を引っかく金属音が混じり、その奥で、人の声が重なったようです。
声は一つではなく、同じ言葉を違う高さで繰り返していたといいます。しかも言葉の切れ目が、海底ケーブルの信号周期とぴたりと揃っていたそうです。まるで“パケットの隙間”に、誰かが口を寄せているように。

異変はそこから発現しました。監視画面に、拘束されたはずの乗組員の人数分だけ、内線番号のような表示が並んだそうです。受話器もないのに、番号が“鳴り続ける”。拒否しても、転送しても、再び同じ番号が立ち上がる……終わりがない。
そして番号の先から、次々に同じ音声が流れたといいます。
泣き声ではなく、泣き終えた後の息。濡れた布を絞る音。唇が塩で割れる音。最後に、誰かが囁くように言う。
「錨を……上げて」
その囁きは、どの番号からも同じでした。

翌日、回線は迂回され、街は何事もなかったように動き始めたそうです。ところが、現場で回収されたという“錨鎖の一部”には、海藻でも貝でもない、細い透明な糸が絡みついていたといいます。乾くと消え、濡らすと浮き上がる糸。光に当てると、電話線の被覆のような艶を返す。
その糸を解析しようとした部署の報告書は、途中でページが抜けていました。代わりに、余白に手書きのような文字が一行だけ残っていたそうです。
「つながると、声が増える」

それ以来、北の海を横切る別の回線でも、深夜にだけ“接続要求:海底”が現れることがあるらしいです。拒否しても、ログを消しても、なぜか痕跡だけが増えていく。
最後に残るのは、通話の呼び出し音と、錨を引きずる音……それだけだといいます。誰も、受けた後に何が聞こえたかを、報告書に書けていないようです。

この怪談は、以下のニュース記事をきっかけに生成されたフィクションです。

フィンランド、海底ケーブル損傷の疑いで貨物船拿捕 乗組員14人拘束

フィンランド、海底ケーブル損傷の疑いで貨物船拿捕 乗組員14人拘束
フィンランド警察は31日、ヘルシンキとエストニアの首都タリンの間に敷設されている海底通信ケーブルの損傷に関与した疑いがある船舶を拿捕したと発表した。周辺のバルト海を含むこの海域では、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻開始以降、破壊工作が疑われる事案が相次いでいる。

 

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