近道々

写真怪談

年末の買い出し客で、露店通りは息が詰まるほどに膨らんでいた。正月飾りの赤と金、魚の脂と出汁の匂い、値札の叫び。頭上には高架の影が落ちているのに、通りだけが妙に明るい。

押されて進むしかない。左右は屋台の幌と人の肩で塞がれ、流れに逆らえば体温ごと削られる。そんな中、頼りになるのは頭上の横断幕だけだった。

「駅近道→」

駅へ出る矢印。見慣れた文句。年末のこの通りでは、あまりにも“いつもの”景色だ。だから私は、最初の違和感を見落とした。

矢印が、ずれている。

右を指しているはずなのに、目を離して戻すと、ほんの少しだけ角度が変わっている。風で揺れたというより、こちらの“行きたい方向”に合わせて追いかけてくるみたいに。

高架を電車が通った。鉄の腹が鳴り、空気が一瞬だけ薄くなる。喧噪が、ぷつんと切れた。

次の瞬間、また音と匂いが戻る。戻るのに、密度だけが増している。人の数が増えたのではなく、重なっている。肩が肩に沈み、コートの襟が別の誰かの襟と縫い合わさったように、ひとかたまりの“群れ”になっていく。

その群れの中で、視線だけが増えた。

前の男がふいに振り返った。キャップのつばの下、目があるはずの場所が白く光っていた。駅の案内表示の「空き」みたいな、ただの白。数字も文字もないのに、それが視線だとわかった。

数えられている。

一、二、三――声はない。けれど皮膚の上を指でなぞられるような感触が走り、心臓の鼓動が“番号”に合わせて刻まれていく。

息を整えようとして顔を上げたとき、私は同じ横断幕の下にいた。

「駅近道→」

さっき通ったはずなのに、またここに戻っている。戻った記憶がない。流され続け、前に進んでいたはずなのに、同じ場所に立っている。

今度は文字が、はっきり読めた。

「駅近道々→」

最後の「道」の横に、小さな「々」が増えている。近道々。近い道を、近い道へ。終点のない案内。

電車がまた通った。空気が薄くなる。喧噪が切れる。

その切れ目の瞬間、横断幕の「々」がひとつ増えた。目を瞬けば増える。電車が通るたび増える。呼吸の合間に増える。

「駅近道々々→」

誰かが屋台の脇へ逃げ込もうと、幌をめくった。幌の奥は店のはずなのに、そこには細い通路が続いていた。湿った風が吹き出し、壁一面に写真が貼られている。どれも同じ横断幕、同じ群衆。

ただし、矢印の向きが微妙に違う。増えた「々」の数が違う。

写真の中の群衆は、みんなこちらを向いているのに、顔がない。顔の位置にあるのは、背中のつむじだけだった。人間の前後が入れ替えられたような“後ろ姿の正面”が、何十枚も並んでいる。

通路から引き返そうとして、引き返せないことに気づいた。背中が前にしか曲がらない。膝が流れに沿う方向にしか折れない。自分の身体が、群衆の編み目に縫い込まれていく。

頭上を電車が通る。空気が薄くなる。静かになる。

その瞬間、横断幕の矢印が、こちらを指した。

矢印の先にいるのは、私だ。

群れの中の白い目がいっせいに重なる。コートの襟の隙間、肩の影、看板の反射、油の膜――あらゆる場所から同じ「空き表示」が覗いてくる。

数え終わったら、次は“数にされる”。

最後に見えたのは、横断幕の文字だった。「駅近道々々々々…」と、際限なく増殖していく「々」。その下で押し合う頭の海に、自分の顔の手触りが、すっと消えていく感覚。

この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。

 

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