昼休み、近所の公園の池はいつも同じ顔をしている。空が沈み、雲が薄くのび、黒い枝が水の上でほどけていた。
その日だけ、青がやけに深かった。水の底に青い絵の具が沈んでいるみたいに、澄んだ色が動かず、雲だけがゆっくり流れている。現実の空より、水のほうが鮮明に見える。
右側の暗い水域には、細い線が幾重にも走っていた。波紋に引きちぎられた枝の影……そう思ったのに、線は枝の形をやめて、皮膚の皺みたいにうねり、寄り集まり、ひとつの流れになっていく。
浮いている落ち葉が、そこだけ避ける。赤茶の小さな葉が、見えない輪郭に弾かれ、渦の縁をなぞって回った。
気づいたのは、線が「増える」ことだった。風が吹かないのに、線だけが増える。一本が二本になり、二本が四本になり、細い毛細血管みたいに水面全体へ伸びようとする。
池の向こう岸にあるはずの木の影が、中央でねじれ、幹が途切れた。途切れた先に、別の幹が繋がっている。違う木だ。季節も違う。葉のない枝の間に、まだ落ちきっていない色が残っていた。
目を離して深呼吸し、もう一度見た。中央の青い部分に、空が映っていない。空の代わりに、空の「裏側」が沈んでいた。雲の白は、雲の形のまま薄い膜になって、膜の下で蠢く黒い影を隠している。
膜が、ほんの少しだけ裂けた。裂け目から出たのは水ではなく、濡れた枝だった。枝は水面の上へ出ていない。水面の“内側”を這い、輪郭だけをこちらへ押し付けてくる。
押し付けられた部分が、ぷくりと盛り上がった。盛り上がりは枝の節の形をしていて、次の瞬間、節が“まぶた”みたいに閉じたり開いたりした。
見てしまったと思った。目玉の代わりに、空の青が詰まっている。覗き返されると、視線が抜けなくなる。
足が勝手に一歩前へ出た。止まらない。池の縁の石が、思ったより遠い。いや、遠いのではない。時間が薄く伸びている。まばたき一回分が、ゆっくり引き延ばされる。
水面の線が、こちらへ伸びてきた。伸びるというより、こちらの影を「なぞって」いる。俺の輪郭を、枝の線が写し取り、枝の線で俺を描き直していく。
ふと、水面に映る自分の影が一瞬だけ見えた。そこには、頭の上に木が生えていた。髪ではなく枝。枝の先に、さっきのまぶたがいくつもついている。
叫ぼうとして息が漏れた。声にはならない。喉が木の幹みたいに硬くなり、息の通り道が細い年輪になって詰まっていく。
そのとき、浮かんだ落ち葉が一枚、青い部分へ滑り込んだ。葉は沈まない。水の上を走り、裂け目に吸い込まれた。
裂け目が、満足したように閉じた。線の増殖が止まり、渦がほどけ、池はまた“いつもの顔”に戻った。青は薄まり、雲は普通の雲になり、枝はただの影に見えた。
家に帰って鏡を見ると、頭頂に一本、細い黒い筋があった。抜け毛でも傷でもない。肌の下に、鉛筆で描いたような線がある。
翌日から、ときどき空が変に鮮明に見える。雲の裏に、黒い枝が透けることがある。水面を見ると、目を逸らす前から、もう覗き返されている気がする。
池は、いまも同じ場所にある。水面は静かで、空を映し、誰でも覗き込める。
ただ、あの“青”が沈んでいる日にだけは、近づかないほうがいい。水が空を映すのではない。空が、水のほうへ落ちてくる日だから。
この怪談は、実際の写真から着想を得て構成されたフィクションです。


